「術前治療」を実施している施設はいまだに少数派

「大腸がんはまず、『できた場所』を確認することが肝心です」というのは、がん研有明病院消化器外科・大腸外科部長の上野雅資医師だ。

特に肛門から10センチメートル、直腸診で指が触れる範囲にできる「下部直腸がん」は、病院や治療方法の選択によって、その後の経過が変わってくるという。

下部直腸のすぐ下にはお尻を締める「肛門括約筋」がある。がん組織を切除しようとすると、I~II期でも、この筋肉を取り去り人工肛門を付けなければならない恐れがある。

ただし、それは標準的な術式の話。年間の大腸がん手術件数が100例を超えるような専門病院であれば、括約筋まで「あと1センチ」という微妙な位置でも括約筋の一部を残す「肛門温存術」が行われている。

「医師から永久人工肛門になるかもしれない手術だと説明されたら、執刀医の手術件数を尋ねましょう。もし年間の手術件数がかなり少ないようなら、症例数がもっと多い専門施設を当たっていいと思います」

心配なのは人工肛門のことだけではない。下部直腸の周りは、男性なら前立腺や精嚢が、女性は婦人科臓器がぐるりと囲んでいる。言い換えると「360度の方向にがんの逃げ道がある」。そのため、周囲の臓器やリンパ節に転移があるIII期のがんでは、手術でがん塊を取りきれないおそれがあり、他の大腸がんよりも再発率が高い。また、大きな手術になるほど、術後の合併症や機能障害リスクも増える。

「欧米では手術前に抗がん剤と放射線で治療した後に、残ったがん塊を手術で取り除く『術前治療』がスタンダードです。手術単独よりも明らかに局所の再発率が少ないのですが、日本では手術で何とかしようという傾向が強く、術前治療を実施している施設はいまだに少数派です」と、自身も外科医の上野氏は苦笑する。

大腸がんは全身転移することは少ない「紳士的ながん」

一方、外科、放射線科、腫瘍内科によるチーム医療(集学的治療)が当たり前のがん研有明病院では、臨床試験という形ではあるが、下部直腸がんに対する術前治療を当たり前に行っている。最新の治療では、約3割のがんが消え、その結果、肛門を温存できる症例が増加した。

結腸がんを含めた大腸がん全体では「手術+術後の補助化学療法」がIII期における標準治療。非専門病院ではもちろん、こちらが主流である。

大腸がんは全身転移することは少ない「紳士的ながん」で、III期の5年生存率は8割を超える。手術単独の5年生存率でも70%以上だ。術後補助化学療法の上乗せ効果は約5%。手術後に抗がん剤を使うかどうか、思案のしどころである。

もっとも、幸いなことに大腸がんの補助化学療法で使う抗がん剤の副作用は軽い。内服だけの場合もあるし、リンパ節転移が多いときは、これに2~3週間に1度、外来での点滴治療が加わるが、副作用がきつい場合は、薬の量を減らしたり、体調によっては数週間投薬を休んで再開したりすることもできる。

また、大腸がんのIV期は他のがんとは様相が違う。肝臓や肺に転移していても完治を諦める必要はない。転移がんをすべて取り切ることができれば、半数の人が延命ではなく完全寛解(完治)の道筋へ戻ってくる。

「残る半数でも、抗がん剤でがん塊が縮小した後で外科に戻ってくる方が数%はいます。大腸がんは病期が進んでいても、諦めるがんではありません」(上野氏)