お金をかけずに「貼り紙10枚」で改善
昔は歯ぎしりや食いしばりに対する治療は、歯を守るためのマウスピースをつけて寝ることくらいしかなかった。しかし、歯は守れるが、食いしばりは防げないので関節や筋肉は守れない。
TCHを是正すれば根本治療になることが多い。木野氏が提唱している治療法は、もともと人間が持っている、上の歯と下の歯が触れると、離そうとする反射を取り戻すための行動療法だ。「歯を離す」「リラックス」など、言葉を1つ決めて、それを書いた貼り紙を10枚以上用意して家中に貼る。そして貼り紙に気づいた瞬間に口を開いて息を吐きだしながら全身の力を抜く、ということを繰り返す。指示通りにこのトレーニングをした人のほとんどが、だいたい1カ月程度、長くても1年間程度でTCHがなくなり、歯ぎしりや食いしばりの症状がなくなるという。
ポイントは、非常に逆説的ではあるが「歯を離しておこう」と考えないことだという。「自分で気をつけることで、TCHの癖が抜けることはない」(木野氏)からだ。人間だけでなく、動物の顎の力は、閉じる筋肉は強くできているが、開けるための筋肉は弱い。獲物を捕らえるときに必要なのは、閉じる力だからだ。このため、「口を開けよう」と意識すると、弱い筋肉を常に使おうと緊張状態が続くことになり、疲労してしまう。TCHを是正するのに必要なのは、弱くできている「口を開ける筋肉を使う」ことではなく、「口を閉じる筋肉を緩める」こと。この違いは、TCHの癖を改善するうえで、とても大きい。
この方法は、意識しないでも体が動く「反射」を取り戻すためのトレーニングなので、意識的に歯を離すのではなく、「貼り紙を見る→脱力する」ことを繰り返すことが必要だ。「すると、いずれ意識しなくても貼り紙を目にすれば脱力するようになり、さらには貼り紙を見なくても脱力し、最終的には歯が触った刺激があると無意識に歯を離すようになる」と木野氏は説く。
貼り紙をすべて同じものにするのにも意味がある。「同じ色や形、文字であれば、たくさん目にして慣れてくると、読まなくても条件反射で体が動くようになる。最終的には、考えなくても体が勝手に動くような条件反射にしていくためには、同じ貼り紙のほうが効果的。『やってみたけれどよくならない』という人に聞くと、貼り紙の数が少なかったり、貼り紙をしないで歯を離そうと意識するだけで何とかしようとしたりした人が多い」(木野氏)。