反トランプ派エスタブリッシュメント層と親しかった
80年代にはCIAに支援されて旧ソ連とアフガニスタンで戦っていたオサマ・ビン・ラディンと親しい関係を築き、また24年間もサウジ総合情報庁長官を務めたトゥルキ・ファイサル王子のメディア対策顧問を勤めた。
ちなみに、15年には、01年米同時多発テロ事件で有罪判決を受けた受刑者の一人が、国際テロ組織「アルカイダ」の支援者のなかにサウジアラビアの王族がいたと証言しているが、その一人として名指しされたのがこのトゥルキ・ファイサル王子である。
カショギ氏は同時にイスラム原理主義組織・ムスリム同胞団に深く関わっていたが、ムハンマド皇太子に粛清されたサウジの旧体制派側に属していたため、身の危険を感じて米国に事実上亡命し、トランプ氏と対立するCIAの本拠地であるバージニア州マクレーンに居住した。こうしたことからも、同氏が米国の反トランプ派エスタブリッシュメント層と親しかったことがうかがえる。
事件の背景にあるのは米国の暗闘
今回の事件で米国とサウジの関係に大きな変化が起きることはないだろう。米国経済の都合に合わせて原油の増産や減産を都合よく行ってくれるサウジ王家は、米国にとって絶対に必要な存在だからだ。サウジを切り捨てた途端、米ドルは一気にその優位性を失い、米国は覇権を失うことになる。
そう考えると、今回の事件の背景には、サウジの支配権獲得をめぐる米国内のトランプ派と反トランプ派の暗闘があることがわかる。その証拠に、カショギ氏殺害事件は発生から1カ月たった今日もなお、米国で大きな話題になり続けており、それがトランプ政権への攻撃材料として使われている。
かつてサウジ王家に反対する人々が弾圧された時、米国メディアはここまで騒がなかった。それを想起すれば、こうしたメディアの反応は、カショギ氏殺害の方法があまりに凄惨であったことを差し引いても、特筆すべきものだと言えよう。
つまり、もしこの事件が本当に米国内の政治的権力闘争という隠れた側面を持つのであれば、仮に今回の事件をきっかけにムハンマド皇太子が失脚し、またトランプ政権が二期目の政権奪取に失敗したとしても、米国とサウジの根本的な関係は変わりようがない。変わるのは権力者の顔ぶれだけだということになる。(後編に続く)
危機管理コンサルタント
日本戦略研究フォーラム 政策提言委員。1974年生まれ。オーストラリア国立大学卒業、同大学院修士課程中退。パプア・ニューギニアでの事業を経て、アフリカの石油関連施設でのテロ対策や対人警護/施設警備、地元マフィア・労働組合等との交渉や治安情報の収集分析等を実施。国内外大手TV局の番組制作・講演・執筆活動のほか、グローバル企業の危機管理担当としても活動中。著書に『「イスラム国」はなぜ日本人を殺したのか』『学校が教えてくれない戦争の真実』などがある。