どんな人物も最初は無名だ。日本テレビの報道キャスター・小西美穂氏は、16年前、デビッド・ベッカム選手をいち早く日本に紹介した経験がある。いまでは世界的セレブだが、当時は日本ではほとんど知られていない数多のサッカー選手に過ぎなかった。なぜ彼女の売り込みに対し、テレビ局側はGOサインを出したのか。その背景には「小さな成果の準備」があった――。

※本稿は、小西美穂『小西美穂の七転び八起き デコボコ人生が教えてくれた 笑って前を向く歩き方』(日経BP社)第一章の一部を再編集したものです。

日本テレビ キャスター・解説委員 小西美穂氏(撮影=稲垣純也)

“小さな成果”を準備する

読売テレビで記者をしていた小西美穂さんは、32歳のときに特派員としてロンドン赴任を命じられました。「国際報道の第一線に立つ」という願いを叶えるチャンスが巡ってこない日々のなかでも、順調にスタートを切れたカギは「準備」にあったそうです。

目をつけたのは、すぐに形になる“小さな成果”です。

いきなり「アフリカに出張して難民問題を取材します」といった重厚なテーマで大きな成果を出そうとしても、形になるまでには時間もコストもかかります。成果を出すまでは、誰にもよろこばれません。

それよりも、1日で取材が完結して、その日のうちに1分半くらいのリポートにまとめられる街ネタをたくさん小出しにするほうが、制作サイドも番組内で使いやすいのではないか。着任直後ならではのフレッシュな視点で現地の風景をとらえるリポートは、視聴者も楽しんでくれるのではないか。そう考えて、出発前から雑誌や新聞記事を取り寄せ、現地の街ネタの収集を始めていたのです。

そこで見つけたのが、ロンドンの有名な観光スポット「ビッグ・ベン」の時計を、古い1ペニーコインを使って調整している技師のおじいさんがいるという話。

「これなら取材準備のイメージも湧くし、面白いリポートになりそう」。ピンときて、到着後すぐに取材ができるように、段取りを進めていきました。そして、実際に着任後すぐにリポートをまとめて、本社に送ったのです。

結果的に、着任当日に北アイルランドで発生した事件を伝えたのが、私のロンドン初リポートとなりましたが、「ビッグ・ベンの仕事を既に用意してある」という気構えができたことで、精神的に余裕を持って、ロンドンでのスタートを切ることができました。

異動で不安なときの“サプリメント”

その後も、とにかく街中の情報を収集して、イギリス王室やハリー・ポッターなどに関する、コンパクトで使いやすいリポートを積極的に日本に送っていきました。東京の本社とこまめにやりとりができて、ささやかでも成果を出して、よろこばれる。それは、私自身のやりがいにもつながりました。

この経験以降、私は異動を控える後輩にも、次のようにアドバイスをしています。「小さくてもいいから、手軽ですぐにできる仕事を自分で準備しておくといいよ」と。異動して1週間、2週間と経っても、「これが私の仕事です」と差し出せるものがなければ、誰だって焦ります。そして、その焦りが「もっと大きな成果を見せないと」と、ますますハードルを上げていく。

だから、小さな成果を準備しておく。

自分の心を安心させるサプリメントのように、よく効きます。

企画会議で1枚の提案書を出してみる、といったすぐにできることで十分です。

けれど、それがあるのとないのとでは大違い。

異動を控えて不安を感じる人は、ぜひ試してみてください。