歩くことで、記憶力が向上する
それでは中高年が「いい睡眠」習慣を身につけ、認知症を予防するにはどうすればいいのか。長尾氏は1つ目に「朝一番に少しでも太陽をあびること」を推奨する。
「朝の太陽光の中に含まれる紫外線は体内時計をリセットし、『やる気ホルモン』と言われるセロトニンの放出を促します。セロトニンは覚醒レベルを上げるとともに、夜に睡眠を誘発する脳内物質のメラトニンの産生を促します」
もう1つ認知症予防のために勧めるのが「歩くこと」だ。
「脳を健康に保つには、十分な血流が必要です。認知症になると脳の血流が減りますが、歩くことで脳内の血流を増やすことができます。1日10分間。朝、昼、晩の3回、歩数で言えば4000~8000歩ほど。血圧が上がらないスピードの普通のウオーキングで十分です。ジムで筋トレをしたり、急にジョギングを始めたりする必要はありません。激しい運動をすると体に有害な活性酸素の量が増え、老化が早まります」
また歩くことで骨に衝撃を与えることも重要だという。
「近年、骨は体を支えるだけでなく重要な『臓器』の1つで、全身に向けてさまざまなメッセージ物質を出していることがわかってきました。健康な骨からはオステオカルシンという大切なホルモンが出て、血流に乗って脳の海馬まで届き『記憶力をアップせよ』というメッセージを伝えていることが判明したのです。同じく骨から出るオステオポンチンという物質は、免疫を強化する役割も担っています」
人生80年とすれば、人は一生のうち25年間も眠っていることになる。その睡眠は単なる休養時間ではなくさまざまな病気と関連し、健康な生活のカギを握っていることが医学的にも明確となり、「睡眠科学の時代がやってきた」と長尾氏は言う。
「太古の昔の人類は日の出とともに起き、太陽が沈めば寝る生活が普通で、十分な睡眠をとっていました。しかし文明の発達とともに睡眠時間は減少し、現代人の多くは基本的に睡眠が足りていません。特に日本は、世界の中でも短眠国家であることがデータでわかっています。現在日本は医療費の高騰が問題になっていますが、その背景には睡眠の問題があると私は考えています。昼間の覚醒レベルを高めるためにも、まず良質な睡眠を確保することが何より大切です。そのことを、日本の多くの人に知ってもらいたいですね」
長尾クリニック院長
医学博士。1958年、香川県生まれ。84年に東京医科大学を卒業、大阪大学第二内科に入局。95年から現職。『病気の9割は歩くだけで治る!』など著書多数。