認知症の高齢者が昔のことはよく覚えているのに、最近のことが記憶できないのは、この転送・固定のシステムに支障をきたしていることが理由の1つだという。さらに不眠症などの睡眠障害を持つ人は、メタボリックシンドロームや糖尿病などの生活習慣病にもかかりやすくなるが、この2つの病気も認知症を悪化させることが知られている。
「睡眠不足だと血糖値を下げるホルモンのインスリンの分泌に異常をきたし、糖尿病の発症リスクが高まってしまいます。糖尿病になるとアミロイドβが分解されにくくなり、脳内にゴミが溜まりやすくなります。またメタボ体形の人は気道が狭くなるため大きないびきをかき、睡眠中の動脈血中酸素濃度が極端に低下します。つまり睡眠不足が生活習慣病を引き起こし、そのせいで認知症が悪化するという悪循環を招いてしまうのです」
将来の認知症を防ぐためには、何より「質のいい睡眠をとることが大切」と長尾氏。しかし仕事や家事に追われ、忙しい日々を送る現代の日本人が、良質な睡眠を日常的にとるのはなかなか厳しいのが実情だ。手っ取り早く「眠り」を得るために、睡眠薬やアルコールに頼る人は少なくないが、「それは愚の骨頂です」と断言する。
「眠れないからといって心療内科で睡眠薬を処方してもらったり、寝酒を飲むのは長期的に見るとマイナス面しかありません。日本で従来よく使われているベンゾジアゼピン系の睡眠薬には依存性があり、長期間服用すると認知症になる確率が3.5倍高まることがイギリスの研究で判明しています。また同タイプの薬は筋肉を弛緩させるため、とくに高齢者は転倒しやすくなり、骨折などの怪我もしやすくなります」
アルコールを服用すると入眠は容易になるが、睡眠の「量」と「質」は確実に低下する。その結果、日中睡魔に襲われるようになり、覚醒レベルが下がって、さらに夜眠れなくなる。入眠のための習慣的な寝酒がアルコール依存を招いたり、肝臓・脳などの臓器にダメージを与えることも珍しくない。「アルコールと睡眠薬を併用するようになったら最悪です」と長尾氏は警鐘を鳴らす。