「空室」の意味を考えて交渉する

残るは本命の賃料である。その交渉に入る前に、担当者との雑談で面白いことを耳にした。

『プロ弁護士の「勝つ技法」』(矢部正秋著・PHP研究所刊)

フロアの大半が空いていたので、理由を聞いてみると「グループ会社がフロア全部を使っていたが、引っ越したので空いている。今後は小分けにして貸す方針」だという。「ビジネス専門の弁護士事務所に来てもらえれば、呼び水になります」という。正直な担当者である。

この言葉は、わたしが強気に出るヒントとなった。数カ月もワンフロアが空いているのは体裁も悪く、早く空室を埋めたいはず。安くしても、空けておくよりはマシだろう。われわれのような小さな事務所でも、交渉力はあるかもしれない。

そこで、他の3つのビルの実質賃料を挙げて値引きを迫った。すでに他のビルとの予備交渉をしていたので、公表賃料ではなく、およその実質賃料を知っていた。実際、Tビルの話がつぶれたら、他のビルへ行く覚悟は決めていた。

「決裂カード」という武器を持っていたので、強気に坪当たり1万円の値引きを迫った。ビル側も粘りに粘ったが、結局、坪当たり8000円の減額を呑んだ。

結果的には、リーマン・ショックが来て退去するまで5年間、Tビルにお世話になった。

この間、年間1000万円、5年間で合計5000万円の値引きを得て、高層ビルに入居するリスクを低減することができた。

一見関係ない情報でも、交渉に役立つ

今回はさまざまな要素が重なって交渉がうまくいった。そのどれを欠いても実利を得ることができなかったろう。多分、2つの要素が大きい。

(1)貸室とは一見関係のない周辺の情報にも目を配り、空室の意味を確かめた。たいして意味がある情報とも思えなかったが、交渉に非常に役立った。
(2)必ずしもTビルに移る必要はなく、他のビルに移る選択肢があった。その具体名と、およその実質賃料をビルの担当者に伝えたことも効果があった。