あるアパレルメーカーの工場移転
現場を深掘りした地味な事例をもう1つ紹介する。N君(30代、経験10年)が、事務所で行っていたK社との会議を抜けて聞きに来た。
「中国工場を移転する予定で、ベトナム、インドネシア、タイのどこらがよいかと聞いています」
K社は若者向きアパレル製品を中国の工場で生産し、日本に輸入していた。社員は50人だが経営は順調。N君は、JETRO(日本貿易振興機構)や会計事務所などの資料で、アジア諸国の事情を説明していた。K社の社内では、ベトナム案が有力らしい。「中国はダメ」という前提で議論が進んでいるという。
短絡的で「つるん」とした話を疑え
しかし、そもそも、なぜ移転するのか? その点が気になり、わたしも会議に入った。聞くと、事情はこうである。
中国でK社が自社ブランドの商標を出願したところ、現地の業者が先に出願していた。「商標登録が認められた場合、相手から使用許諾を受けるか、中国での生産をやめるしかない」。そう香港の弁護士から助言されたという。
「商標侵害で摘発されるのを防ぐため、中国での生産をやめて工場を移転する」というのは短絡的である。なんだか「つるん」とした話で、切実感がない。Kブランドは、それなりに名が通っている。現地業者のK商標の出願は、有名商標にあやかったパイレーツ(海賊行為。横取り行為)だろう。移転を検討する前に、相手の海賊行為を争えないか、吟味が必要である。
そういう根本的な問題が見逃され、表面的な対策に終始してしまうことがよくある。情報が明らかに不足しているが、K社もN君も気づいていない。今の時点で移転先を探すのは、フライングであろう。ひょっとすれば商標の登録を阻止できるかもしれない。