結局、目当ての60万円は手にできず逮捕された

どんなに甘く考えてみても、まともな金融会社でないことは誰だってわかる。しかし、わらにもすがる思いの被告人はそれに応じる。

手持ちの2行分では足りないので、某銀行で新たな通帳を作った。通帳を作る際には、「本人以外は使ってはならない」と説明を受けるが、被告人は最初から他者に渡すつもりで作った。この部分が、銀行に対する詐欺に当たる。そして、怪しいと知りつつ通帳やカードを送り、それが悪用されたことが、犯罪による収益の移転防止に関する法律違反となる。

もっとも、この事件で被告人は一切利益は得ておらず、被害者の側面もある。金融業者は60万円を融資するどころか、通帳などを入手するとすぐさま悪用。それがバレたことから、被告人宛てに銀行から「不審な入金があった」と連絡が入った。もちろん入金された金は業者によって即降ろされており、聴取に応じた被告人は罪を認めたという。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/mizoula)

借金(ローン)返済に追われた男が、行き詰まった揚げ句、悪徳金融業者に引っかかったこの事件。すぐに発覚したから良かったが、そうでなければ被告人の通帳を使ってさまざまな犯罪が行われていたことだろう。軽い気持ちで通帳の横流しなどしたらとんでもないことになる。

審理はサクサク進み、検察の求刑は1年6カ月。前科前歴がないことから執行猶予付きの判決になるのは確実だが、罪を犯した代償はそれなりに大きいことだろう。せっかくこの年までコツコツやってきたんだろうになあ……。

裁判長が不満の色で被告人を問い詰める異例の展開

さて、そろそろ帰ろうか。

ところがこの裁判、ここから先があったのだ。終わるかに思えたそのとき、裁判長が不満の色をにじませながら、被告人を問い詰め始めたのである。

「あなた、家族に今回の件を言っていないそうですね。裁判所から通知が送られたはずですが、それを見せていない?」
「はい。妻が受け取ったのですが、ごまかしました」

情状証人が出廷していないのは、知らせていないからなのだ。

「会社にもこの話はしていないんですか?」
「はい。知らせていません」
「定年まであと4年で、退職金が欲しいから、ということですか。ローンは払っているんですか?」
「生活費を切り詰めて、なんとか払っています」
「被告人になっていることを、家族に言わないままでいいのか。よく考えたほうがいいんじゃないですか。話さないのは疑問です」

うなだれたまま黙り込む被告人。表情に余裕はなく、肩をすぼめて小さくなっている。