空間認知能を鍛えて仕事でも秀でる

そして「運動神経がいい」といわれる人たちの脳には、共通点があると林氏は指摘する。

「私たちが手足を動かすときというのは、筋肉を収縮させる神経である錐体路(すいたいろ)系と、筋肉を伸ばす神経である錐体外路系がバランスを取って機能しています。この中にドーパミンを分泌しながら、性格を前向きにし、物事を成し遂げてゆく神経群があります。運動が得意な人とは、これらの神経群を空間認知能と連動させることがうまい人です」

空間認知能とは、空間の中で位置や形、間合いなどを認識するための機能のこと。キャッチボールで相手の胸もとにボールを投げられる、サッカーで選手の配置を瞬時に把握してパスを回すことができるのは、空間認知能があるからこそだ。全体の状況を把握するのに必要とされる複合的な能力であり、空間認知能を持つ細胞は視覚中枢に集中するほか、言語中枢、前頭前野、海馬回など、脳のさまざまな場所に存在している。林氏によれば、「アスリートたちは総じてこの空間認知能が高い。私が飛び抜けて高いと感じたのは元女子サッカーの澤穂希選手でした」。

そしてこの空間認知能は、運動に特化した能力ではなく、文章を読んで状況を想像する、話し相手との間合いを考えて接するなどの場合にも欠かせない。これは「空気を読む」「要領がいい」にもつながる要素であり、空間認知能の優れている人は仕事もできる人といえる。

自分に空間認知能があるかどうか、チェックする方法は簡単だ。目をつぶって10秒間、その場でジャンプしてみる。空間認知能がある人は、常に同じ場所に着地するが、ない人は位置がどんどんズレていく。

仮に今の自分に空間認知能がないとわかっても落胆することはない。空間認知能は鍛えることができ、大人になってからも伸ばせるからだ。林氏が勧めるのは次のような方法だ。

「いちばん重要なのは姿勢を正すことです。体のバランスが崩れると、情報のズレが生じ、脳全体の働きが悪くなって空間を正しく認識できなくなります。その理由は、頭、左右肩甲骨、尾てい骨を結ぶ体軸が、地球の重力を基盤に機能しているからです。姿勢を正すとは、この体軸を地面と垂直にまっすぐに保つこと。そのためには、(1)両目を水平にする、(2)肩の高さを左右同じにする、(3)背筋を伸ばすのがコツです」

歩き方を整えることでも、空間認知能は鍛えられる。歩くときに足を動かすのではなく、腰の部分を前に並行移動させるようなイメージで踵から歩く。

「すると、体軸可動支点がうまく使えるようになります。体軸可動支点とは、みぞおちの後ろ側にあり、大腰筋(だいようきん)という筋肉の付け根。どんなスポーツでも体軸可動支点を上手に使えるようになると、体のバランスが崩れなくなり、パフォーマンスが格段にアップします」(同)

空間認知能を鍛える方法は、ほかにもある。たとえば、絵を描くこと。対象物との距離や縮小率、角度、形などを把握して描くためには空間認知能をフル回転させるからだ。同様に、字を丁寧に書くことでも空間認知能は高められる。漢字の「田」なら、すべてのコーナーがつながるように、上下左右のバランスにも気を配って書くといいという。

生活の中で向上させることができる空間認知能。動きやすい体を手に入れ、体調を整えていこう。

林 成之(はやし・なりゆき)
1939年、富山県生まれ。脳神経外科医。現、日本大学名誉教授。93年、日本大学医学部附属板橋病院救命救急センター部長に就任。脳死寸前の患者を社会復帰へ導く治療法『脳低温療法』の発見で世界的な注目を集める。
(撮影=南雲一男 写真=iStock.com)
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