リーグ戦を2連覇するなど慶應義塾大学の野球部が急速に強くなっている。その原動力は投手陣の充実だ。投手の多くは高校時代は甲子園とは無縁だが、大学で実力を伸ばしている。一体なにがあったのか。スポーツライターの清水岳志氏は「『ラプソード』という測定機器を導入したことで、球質を“見える化”したことが、チームの活性化や風通しの良さにもつながっている。『根性論』をふりかざすチームはもう勝てない」と分析する――。

ボロボロだった慶大投手陣が急成長した理由

今、慶應義塾大学野球部の「IT戦略」が注目されている。

同大学は昨秋の東京六大学リーグ戦に続き、今春リーグ戦も優勝。今秋リーグ戦での「3連覇」を目指している。早稲田大や法政大、明治大など強豪ひしめくリーグ戦でこれだけの好成績を残すことができたのは、なぜか。

最大の要因は投手陣のレベルの高さ。だが慶大には強豪校のエース投手が次々と入部しているわけではない。むしろ、逆だ。慶大にはAO入試はあるが、他大のようなスポーツ推薦制度はない。よって、高校3年の夏まで練習三昧だった選手であっても、高い学力をつけて試験に合格する必要がある。つまり、慶大投手陣は大学で急成長してチームの優勝に貢献したということになる。

どうして急に伸びたのか。キーパーソンは、助監督の林卓史氏だ。

壊滅状態だった慶大投手陣を立て直した、助監督の林卓史氏(写真=清水岳志)

林氏は朝日大学(岐阜県)の講師を務める傍ら、2015年春に母校・慶大の助監督に就任した。現役時代は投手で、巨人の高橋由伸監督と同期だ。林氏は就任当時をこう振り返る。

「投手陣は壊滅状態でした。1試合で明治大に18点取られたこともありました。社会人チームとのオープン戦ではほぼ毎試合20点前後取られました。また、プロ選手とはいえ読売ジャイアンツの3軍との練習試合では26失点ということも……」

それが、今春リーグ戦の防御率(1試合で失点する平均点数)は2.08で堂々リーグ1位。2位の立教大の2.50も決して悪い数字ではないが、慶大はそれを大きく上回った。

助監督が自腹で購入しチームに導入した「秘密兵器」

3年前、林氏が助監督になってすぐ取り組んだのは選手に「数字への意識」を高めるさせることだ。まず「スピードガン」を練習時から積極的に使用した。それにより、選手は自分が投ずるボールの球速を1球ごとに確認し、より速く投げるための投球フォームやトレーニング法を各自で研究した。すると、打たれ放題だった投手陣の防御率が向上しはじめた。

簡易型弾道測定器「Rapsodo(ラプソード)」を導入した(捕手の後ろの装置)。(写真=清水岳志)

「スピードを測るだけで、多くの選手の球速も防御率もよくなったのです。それなら他にもデータをとるようにすれば、もっとよくなるのではないかと考えました」(林氏)

この数年、野球のデータ計測は急速に進化している。その結果、打者を打ち取るには、球速だけでなく、投げたボールのスピン(回転)量や回転軸なども重要であることがわかってきた。

林氏は、プロ野球界におけるデータ解析の第一人者である国学院大学准教授の神事努氏に師事。セミナーに参加して、2017年冬にアメリカのメジャーリーグで日常的に使用されている簡易型弾道測定器「Rapsodo(ラプソード)」という投手の投球を測定する機器を自腹で購入し、チームに導入した。