この中で、アスリートたちに特に深く関わるのが、活性化するとやる気や意欲が喚起される自己報酬神経群。2008年北京オリンピックで金メダルを獲得した北島選手は、この特徴を生かした戦略を立てていた。
「オリンピック前に、競泳日本代表の選手たちに私がアドバイスしたことのひとつは、競技中、ゴール間近になっても『あと少し』とは思わず『ここからが最後の仕上げ』と思ってください、というものでした。『もうすぐ終わる』と思うと、自己報酬神経群は働きを止めてしまう。そこで北島選手は、ゴールまでの残り10メートルに入ったら誰にも抜かせない、そこからさらにぶっちぎって泳ぐという勝ち方をイメージしました。加えて、壁にタッチして電光掲示板を確認するところまでがゴールと考えて勝負に挑んだのです」(同)
実際、男子平泳ぎ100メートルの決勝で、北島選手はゴールに近づくにつれて他の選手たちとの差を広げていった。彼の世界記録更新の泳ぎの裏には、このような脳内の自己報酬神経群の働きがあったのだ。
一流の運動選手の性格が明るい理由
ひとたび競技の場から離れると、「性格が明るい」という印象のアスリートは多い。これも実は脳が関係しているという。
「自己報酬神経群は、面白い、楽しいという刺激を受けるほど活性化し、意欲や集中力を生み出します。さらに自己報酬神経群が刺激されると、交感神経の働きが活発になる。アスリートたちが勝負に挑むときには、交感神経がある程度高まっていなければなりません。これによって心臓や呼吸器の機能が高まり、脳や手足に酸素が運ばれるからです。しかし交感神経が異常に働きすぎると、逆に体は思うように動かなくなる。このとき副交感神経の働きによって、適度に心臓や脳を緊張させて闘争能力を維持したまま、自律神経を安定させることができます」(同)
つまり、何でも面白がり、楽しむような明るい性格の人は自己報酬神経群が活性化されやすく、交感神経の働きも活発になる。林氏は、「スポーツ選手は明るくないと一流にはなれません。仕事でも勉強でも、集中して取り組み結果を出すには、物事を肯定的にとらえ、否定的に考えないことが大事です」と分析する。
アスリートたちはよく試合前に「本番を楽しみたい」と宣言するが、彼らのそんなポジティブな意気込みは、脳の自己報酬神経群を活性化させ、自身をベストコンディションに導いているといえるのだ。