制裁カードが大好きなトランプ大統領にとって、イランぐらい制裁してメリットのある国はない。中国に対しては貿易不均衡を理由に制裁関税を次々と発動しているが、中国も報復関税で応戦して制裁合戦の様相を呈している。アメリカは中国から年間50兆円以上輸入しているし、対中貿易赤字は40兆円近い。米中の経済はズブズブの依存関係にあって、制裁合戦がエスカレートすればモノの値段は上がって国民生活やアメリカ経済に深刻な影響が出てくる。しかし、イラン革命と在イラン米大使館人質事件後の1980年に国交を断絶して以来、アメリカとイランは関わり合いがほとんどない。しかもアメリカは石油と天然ガスを輸出できるようになったから、イラン産原油をストップするのは自国のエネルギー産業にとってプラスになる。制裁の直接的な反動、デメリットが何もない。

さらに(従来の同盟国をいじめ、ロシアや北朝鮮のような敵対国あるいは独裁国に親和性を持つ)トランプ大統領にとって愉快この上ないのは、イラン制裁のおかげでヨーロッパや日本などの同盟国が七転八倒することだ。エアバスはフランス、ドイツ、イギリス、スペインが共同運営しているヨーロッパ随一の航空機メーカーで、イランから100機の注文を受けていた。しかしアメリカの制裁発動によって受注できなくなり、かろうじて完成していた3機を納めただけで、残り97機が頓挫した。またフランスの自動車メーカーPSA(プジョーシトロエン)は核合意後にイランに合弁の自動車工場をつくって17年から現地生産を開始したばかりだったが、イラン制裁の悪影響を懸念してイランでの事業からの撤退を決めた。PSA以外にも核合意によって経済制裁が解除された後にイランに飛び込んだ欧州企業は多い。

トランプ大統領は歴代大統領が積み上げてきた外交成果や国際秩序を踏みにじって、後ろ足で砂をかけるのが大好きだ。NAFTA(北米自由貿易協定)見直し然り、TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱然り、気候変動対策の国際的枠組みであるパリ協定からの離脱然り。そのたびにカナダのトルドー首相を罵り、TPPの参加国を振り回し、パリ協定の推進役であるフランスやドイツをコケにしてきた。イラン核合意もオバマ前大統領がまとめあげた外交成果であり、トランプ大統領は大統領選中から否定してきた。しかもアメリカの離脱を非難し、なおも核合意を継続するフランスやドイツの企業がイラン制裁でひっくり返って、マクロン大統領やメルケル首相が苦虫を噛みつぶすとなれば、これはトランプ大統領としては小気味がいい。そのうえ、イラン産原油がストップすれば、対米貿易黒字を“小狡く”稼いでいる同盟国の日本や韓国にもお灸が据えられる。イランの原油を一番輸入している中国にも打撃を与えられるかもしれない。イラン産原油への依存度が高いインド、韓国、トルコなども窮地に立たされているが、トランプ大統領にとっては“知ったことか”程度であろう。