目下の人間が突然キレるとき
「いやぁ、飼い犬に手を噛まれた気分だよ」──これまでに何度か、そう嘆く知人たちの声を聞いたことがある。何事かと尋ねてみると、部下や外注先の若者が「突然キレて、『あなたとはもう仕事をしたくない』とメールで一方的に通告してきた」というのだ。
とはいえ、このようなケースでは「いま手がけている業務、しかかりの仕事はきちんとやり遂げます。でも、その後は一切手を引きますので、引き継げる方を用意しておいてください」などと冷静に書き添えてくる若者が多いとも聞く。キレながらも、仕事を中途半端に投げ出すようなことはしない、というのが彼らの矜持なのだろう。
そうした、下っ端による「乱」だか「変」を受けて、エラい人はよく、次のようなセリフをのたまう。
「そんなに怒っていたなら、もっと早く言ってくれればいいのに」
「オレの対応がまずかったのであれば、そのときに指摘してほしかったよ」
「何度も打ち合わせなどで顔を合わせていたし、こちらに意見する機会はいくらでもあったはず。どうして突然キレてくるのかねぇ」
こういうことを言っている時点で認識が間違っている。下の人間がケツをまくり、まさかの大激怒メール、反逆メールを送るに至る背景には、長期に渡って蓄積された、さまざまな怒りが存在しているものだ。そして上の人間による何かしらの言動が、ついに最後のボタンを押し、とうとう“キレメール”が送信されてしまったのである。
フタをしてきた怒りの感情が噴出
「上司と部下」「発注者と受注者」といった上下関係が存在すると、上に立つ者は権限を握っているだけに、ときとしてパワハラまがいの発言をしたり、理不尽な押し付けをしたりすることがある。そして下の者は「自分のほうが立場は弱いのだから、仕方がない」と思いながらも、モヤモヤした感情はなかなか拭い去れず、ストレスをじわじわと溜め続けていく。
そんな折、親しい人と飲む機会があり、愚痴をこぼしたところ「それってパワハラじゃない?」「そんな状況じゃ、いいかげんキレてもいいと思う」「なんでそんな仕事までやらされてるの? おかしいよ」といった言葉を返されたとしよう。
帰路、これまで一生懸命フタをしてきたモヤモヤとした思いが、先ほどの知人の言葉に刺激を受けて、次第に輪郭を明らかにしてくる。これは「怒り」の感情だったのか──自分のなかで、改めて認識する。
自宅に着くころには、これまで受けてきたひどい仕打ちをいくつも思い出し、怒りは臨界点を超える寸前まで高まっているだろう。そして頭に浮かんできたのが、直近で上の人間から言われたセリフ──「お前、なんでそんなこともできねぇんだよ」「いままで何やってきたんだよ。バカなの?」──である。これが決定打だ。「よくわかった。もう懲り懲りだ」「これ以上は耐えられない」「よし、腹をくくろう」と、怒りに震えながらも冷静に、冒頭にあるような絶縁メールを書くに至るのだ。