「60歳で定年退職し、あとは悠々自適な年金生活を……」はもはや昔話。公的年金の支給年齢引き上げが議論され、「70歳まで働く」ことは前提になりつつある。『心に折り合いをつけて うまいことやる習慣』(すばる舎)の著者、中村恒子氏は、89歳の今も勤務医(精神科医)としてフルタイムで働いている。今回、同書の共著者として聞き書きを行った奥田弘美氏(同じく精神科医)が、心身の健康を保ちながら長く働くための3つのコツを改めて中村氏にインタビューした――。

コツその1:働く意義や目的にとらわれすぎない

【奥田】先生は戦後から約70年間、勤務医としてフルタイムでたんたんと働き続けてこられました(*注1)。気の遠くなるほど長い仕事人生ですが、どんな意識や目的で仕事に取り組んでいたのですか?

89歳の現役精神科医、中村恒子氏(右)と、聞き手役の奥田弘美医師(写真提供=すばる舎)

【中村】仕事をしてきた目的は一言で言うと「食べていくため」です、当たり前やけど(笑)。常に働かんと食べていかれなかったから、ひたすら働いてきたんですわ。

今、精神科にはたくさんの悩みを抱えた人がきますが、最近多いのは「なんのために働くのか」と悩んでいる人ですわ。仕事の内容にやりがいがない、誰にも褒められない、人間関係がつらい、原因はそれぞれです。

事情は人それぞれなんやけど、率直にいえば「まじめすぎ」「大げさに考えすぎ」なところがあると思います。若い人でも、定年を迎えて再就職した人でも、「こんなのは自分のすべき仕事やない!」と悩んでいる人が多いんやけど、そんなに眉間にシワを寄せて働く必要があるんかなぁと思います。

そもそも、人がなぜ働くのかといえば、一番は生活のため。自分を食べさせていくため、家族を食べさせていくために働いているわけで、単純に「お金のために働く」ではいかんのでしょうか。働いてお金をもらって、自分や家族を食べさせているなら十分立派。自分の成長やとか、やりがいというのは、そのあとぼちぼち考えていけばええんやと思っています。

【奥田】先生は、仕事が大好きで大好きで続けてきたというわけでは、ないのですね?

【中村】私自身、戦後のどさくさにまぎれて医者になったくらいに思ってますし(*注2)、仕事が好きかといったら、恥ずかしながらそうでもない(笑)。

私は16歳のときに広島から大阪に出て医者になる勉強を始めたのやけど、それは家が子だくさんで貧乏やったから、どこかに嫁ぐか、さっさと働かないとならなかったからです。

医者になってからも、結婚して子どもが生まれて、このまま専業主婦になるのもええなぁ……と思っていたときに、旦那が家にお金を一切入れてくれなくなった(笑)。仕方ない、子どもたちのためにも働き続けないとあかん。