北朝鮮のような独裁国家では、極度の心理的ストレスを、独裁者がほとんど一人で背負わなければなりません。そのストレスに耐えられず、「合理的な判断」が吹き飛んでしまうリスクは、通常の国家と比べてはるかに高いとも考えられます。もしそうなれば、「抑止政策」は効かないどころか、むしろ戦争を誘発する原因となってしまいます。
北朝鮮にとって核保有は絶対的利益
一方、「抑止政策」が北朝鮮に効いているとする見解もあります。3月に、北朝鮮が核放棄を前提に対話に応じる準備があると表明したことは、昨今の制裁圧力やトランプ政権の威嚇が北朝鮮を対話に向かわせた結果であるという見解です。しかしこれは、率直に言ってお気楽な話だと思います。
北朝鮮はそもそも核を放棄しません。北朝鮮が査察を受け入れて非核化を保障するなど、あり得ないことです。北朝鮮は核さえ持てば、体制を維持することができ、結局、アメリカなどの他国も自分たちの要求に屈することになると考えています。核保有は、北朝鮮のような「ならず者国家」にとって絶対的な利益です。核を放棄したことで得られるいかなる報償も、その絶対的利益の前には無力です。
そして、何よりも、時間的要因を考慮に入れなければなりません。これまでの「抑止政策」に基づく駆け引きが、結果として北朝鮮に多くの時間を与え、同国が核戦力を実戦配備できるレベルに到達しつつある経緯を考えれば、もはや「抑止政策」の限界をこそ認識するべきでしょう。
「ブッシュ・ドクトリン」の封印を解くこと以外に、この危機を根本的に解決する手段を、残念ながら今、世界は持ち合わせていません。トランプ大統領はマクマスター大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を解任し、後任にジョン・ボルトン氏を充てました。ボルトン氏はジョージ・W・ブッシュ政権下で国務次官(軍備管理担当)として、「ブッシュ・ドクトリン」をイラク戦争で遂行した実務家です。北朝鮮に対しても、強硬な主張をしているボルトン氏の起用が何を意味するのか、注目されています。
(※注1)ジョージ・ケナン、清水俊雄(翻訳)、奥畑稔(翻訳)『ジョージ・F・ケナン回顧録II』(中公文庫)2017年、原書は1967年、『Memoirs』(Little, Brown)
(※注2)ロバート・ジャーヴィス、荒木義修、他(翻訳)『複雑性と国際政治――相互連関と意図されざる結果』(ブレーン出版)2008年、原著は1997年、『System Effects:Complexity in Political and Social Life』(Princeton University Press)
著作家。1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。おもな著書に、『世界一おもしろい世界史の授業』(KADOKAWA)、『経済を読み解くための宗教史』(KADOKAWA)、『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)、『「民族」で読み解く世界史』(日本実業出版社)などがある。