馬超孟起も呂布と同じくらいに惹かれた戦人だ。西方羌(きょう)族の血を引く馬超は漢人ではない。一族を曹操に皆殺しにされて復讐を誓い、関中十部軍を率いて曹操に反旗を翻した。曹操の首級を挙げる寸前まで攻め込んだ唯一の男だ。
その後は劉備の配下に加わるが、特に目立った活躍はない。『正史』では47歳で死んだとなっているが、戦死なのか病死なのか、どこで死んだか、一切記録がない。私の三国志では、どこか剣豪小説の主人公のような馬超を長生きさせることにした。
劉備が益州を獲って天下の足掛かりをつかんだのを見届けるや、馬超は乱世に背を向けて故郷の山中に消える。やがて家族を持って余生を過ごす馬超の下に、諸葛亮の死の知らせが届き、男たちの夢を乗せた時代の終わりを知る。私の『三国志』の最期を看取るのは馬超である。
学ぶだけではなく心を震わせる経験を
ところで、「プレジデント」という雑誌は学びを重視しすぎではないだろうか。一つ注文をつけるとすれば、学ぶことだけではなく、心を動かされることを大事にしてほしい。男同士のドラマのような物語に触れ、心を動かされる経験を積むと、感性が豊かになり、物事の本質を掴めるようになる。
「三国志からビジネスマンは何を学ぶべきか?」と聞かれても、個条書きにすることは難しい。無理に教訓を導き出したり、学ぼうとしたりすれば、上っ面の言葉しか頭に入ってこないだろう。
知識は学ぶことができるが、それをどう生かすかは自分の感性や流儀でしかない。感性や流儀は、「自分は男としてどうなんだ」「人間としてどうなんだ」と考えないことには、決して磨かれない。
呂布の生き方を知って心が震えたら、震えた自分の心を大事にする。心を震わせられた呂布の言葉を反芻して、自分に問いかけることだ。
「自分に守るべきものはあるか」と。