新聞社によって「煽り方」が違うだけ
「あなたの主張は偏っている」と言われたらどう思うだろう。好意的に捉えられないかもしれないが、ネットメディアの編集長で、ラジオパーソナリティーでもある荻上チキ氏は「自分も偏っている」と話す。本書の著者インタビューはまず「偏り」を肯定することがスタートラインであった。
どこの新聞社も「われこそは中立だ」と主張する。しかし「偏っていないメディアなどそもそもない。そして特定のメディアが『偏向している』などといわれることに疑問を感じる」と荻上氏は語る。
「メディアとは人のコミュニケーションを媒介するものなので何らかのメッセージ性があるものです」。偏り方というのが新聞社によって違うだけなのだ。それがどう各紙によって異なるのかを本書では伝えている。
「真実は掴み所がないが、データであれば説明、訂正もできる」。様々なデータを基に本書は構成されている。たとえば、憲法改正論議が過熱している昨今、新聞社ごとに、どの憲法学者のコメントを多用しているかを表やグラフにした。「どの社が誰の意見を好むのか、データで示せばわかりやすいと思った」。
また「ネット社会では特定メディアを叩くことがゲーム化している」と指摘する。ゲームのプレーヤーたちの目的は、正義感やイデオロギーをふりかざすことだったり、“ボス”を倒す(謝罪や紙面訂正に追い込む)快楽だったりと、まちまちだという。
1%の人が20%を構成している「ヤフコメ欄」
「間違ったメディアを正してやろう、ネットに書き込んでやろう、そうしたことが市民運動化してきている現状をみて『みんな落ち着けよ』と私は思うのです。結局彼らの求める“真実の報道”も自分が好んで摂取している偏ったメディアにすぎないのだから」
本書ではネットでの炎上現象についても触れる。ヤフーニュースのコメント欄に投稿された中国や韓国への攻撃的な書き込みの中に1週間で100回以上のコメントをしていた人が1%おり、それだけで全体の20%を構成しているという。群衆が一斉に非難しているかのようにみえるネット炎上も、一部が多数発信していただけだとわかる。
本書は、あらゆる情報を恐れず、柔軟な物差しでメディアと向き合うべきだと教えてくれる。「確かな根拠にもとづいて倫理的な社会、理不尽が少ない社会をつくりたい」と荻上氏は願う。
評論家
1981年、兵庫県生まれ。ラジオ番組『荻上チキ・Session-22』(TBSラジオ)メインパーソナリティー。同番組で2015年度と16年度にギャラクシー賞を受賞。著書に『災害支援手帖』など多数。