『STAND BY ME ドラえもん』の大ヒット
いっぽうで、製作サイドは旧来ファン、つまり大人層をつなぎとめる工夫も忘れませんでした。声優リニューアル後の映画ドラは現在までに13本作られていますが、うち6本がかつての映画ドラのリメイクなのです。
ポイントは、いずれのリメイク元も80年代の作品だということ。80年代の映画ドラで育ち、現在は子供ができて親世代となった団塊ジュニア世代やポスト団塊世代への目配せです。未就学児や小学校低学年の子供たちは親同伴でないと劇場に来られないので、連れていく立場の親にも「観たい」と思わせるリメイク作品には、一定の動員効果があったでしょう。少なくとも、声優交代による離脱組を相殺してあまりあるほどには。
また、2011年には、トヨタ自動車が「20年後ののび太たち」を妻夫木聡や水川あさみを起用して描く『ドラえもん』の実写CMを制作。こちらも車を買う年齢に達したかつてのファン、つまり大人層にリーチしました。
極めつけは2014年8月に公開したCGアニメ『STAND BY ME ドラえもん』(※)です。同作の声優は、(かつて少なくない数の大人層から反発を受けた)リニューアル後の布陣でしたが、宣伝展開ではハッキリと「泣けるドラえもん」「大人のドラえもん」路線を打ち出し、子供だけでなく大人層の動員にも成功しました。興収は83.8億円。いつもの映画ドラの倍以上です。
※3月公開の映画ドラとは異なる位置づけなので、興収グラフには含めていません。
小さな子供を持つ親世代の心を改めてつかんだ
これが弾みとなり、翌年2015年以降の映画ドラは毎年のように躍進を続けます。もちろん、『STAND BY ME ドラえもん』を観た大人客がすべて3月の映画ドラに流入したわけではありませんが、9年前の声優交代で『ドラえもん』から離れていた大人層の気持ちを同作が取り戻し、小さな子供を持つ親世代の心を改めてつかんだのは、間違いありません。
2010年代後半の躍進は、社会に「ドラえもんと大人」をつなぐカジュアルな接点が増えたことにも関係しているでしょう。たとえば、森ビルは2014年以降、六本木ヒルズに等身大ドラえもん像を66体並べる期間限定企画を開催しており、インスタ映えする観光スポットとして人気を集めています。2015年にはサンリオがハローキティとドラえもんのコラボ商品を発売。それを契機として2016年には大人向けドラえもんグッズブランド「I'm Doraemon」の展開をスタートしました。同じく2016年からは、東京メトロが「すすメトロ!」のキャンペーンに『ドラえもん』のキャラを起用しています。
今回の『のび太の宝島』でも、大人層への目配せが随所に見られました。昔の映画ドラに登場した有名なセリフやシーンのオマージュには、親世代である「元ドラえもんファン」はニヤリとすること必至。最後に流れる星野源の主題歌「ドラえもん」の間奏には、旧TVドラの『ドラえもん』で使用されたテーマ曲「ぼくドラえもん」のメロディーが流れます。たいへん粋なはからいです。
F先生の信条「マンネリを断ち切るべし」
こうして振り返ると、やはり映画ドラは2005年の声優交代(映画ドラとしての声優交代は2006年)が大きなターニングポイントでした。そのままの体制で作り続けることもできたでしょう、反対意見もたくさん出たでしょう。
しかし製作サイドは、作品の耐用年数が近づきつつあることに気づいていました。マンネリを良しとせず、悩み抜いた末に、勇気をもって思い切りました。一言、大英断です。
結果『ドラえもん』は、コンテンツとして、高価値なIP(知財)として延命することができました。作品もクルマや人間などと同様、適切にメンテナンスを続ければ長持ちするのです。
余談ですが、「マンネリを断ち切るべし」はF先生自身の信条でもありました。自伝的要素の強い晩年の中編『未来の想い出』では、マンガ家の主人公(F先生がモデル)に向かって、編集者がたしなめるように同様のことを言っているからです(図2)。
「変えないために、変える」
昔からあるものを大きく変えるのは、伝統を踏みにじる行為でしょうか? 長年の顧客に対する暴挙でしょうか? それは違います。何百年も続く老舗の和菓子屋は、「昔と同じ味」を謳(うた)っていても、その時代の人の味覚に合うよう菓子の味を微妙に変えているといいます。粗食中心だった江戸時代の庶民の舌と、洋食が一般化してからの現代人の舌が、同じであるはずがありません。
伝統芸能でありながら、歌舞伎や落語が多くの観客を集めているのも同じでしょう。固有の良さは残しつつ、その時代の観客の感覚に合うようにアレンジを加えることで、時代の変化に対応しています。もし伝統にあぐらをかいて居座り、かたくなに何ひとつ変えなければ、観客からは早晩愛想を尽かされるのではないでしょうか。