なぜ禁煙に成功した人が一番忍耐力が強いのだろうか。やはり、「艱難汝を珠にす」なのだろう。一度煙草にハマった人が禁煙するのはそれなりに難しいはずだ。それを見事克服したということは、目先の欲におぼれないという人生の戒めを肌で覚えたということではないだろうか。その成功体験が、かつて高かったはずの時間割引率を大幅に下げたと考えられる。
禁煙に成功した人は時間割引率が下がるだけでなく、リスクに対してもより慎重になる傾向が強いことも明らかになっている。過去喫煙者のリスク回避度は0.279(等価は262円)となっている。ちなみに、禁煙失敗者では0.092(同215円)と、リスク回避度はきわめて低いという結果が出ている。
喫煙だけでなく、過度の飲酒や過食といった嗜癖にも同じことがいえる。目先の利益にせっかちな人ほど、酒や煙草、甘いものなどにおぼれやすい。しかし、一度それを克服した人は、嗜癖がなかった人よりも我慢することを覚える。
時間割引率が高い人は仕事でも目先の儲けに集中しがちだ。例えば金融商品のリスクをきちんと説明しないまま売りつけたり、詐欺まがいの商品をとりあえず販売して、その後のフォローや顧客への弊害は考えないといった手法を取りやすくなるといえよう。
一方、時間割引率が低い人なら、商品のいいところと悪いところをきちんと説明したうえで、納得してもらって購入してもらうだろう。短期的な利益は最大化しなくとも、長い目で見てたくさんの顧客を獲得する行動につながる可能性が高いからだ。
せっかちであり、時間割引率が高いことそのものは、必ずしも当人にとってマイナスであるわけではない。毎日大量の煙草を吸ったり、過度の飲酒をすることで健康を害したり、寿命が短くなったとしても、「太く短く、今を楽しむ人生が理想的」と考える人にとっては、なんら問題を生まないといえるだろう。
「今、商品が売れれば、先のことなんてどうでもいい」といった近視眼的な仕事をする人にも同じことがいえる。当人に罪悪感がなく、儲けられるときに可能な限り儲け、そのお金で残りの時間を贅沢に楽しく過ごすことが人生の目標であると考えているなら、時間割引率が高いことはプラスに働くといってよい。