「コンセプト、プログラム化、事業化」の実証実験

楢崎は新しいビジネスモデル構築に際して、「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」を同時に進めている。前者はあくまでも本業起点である。これまでのサービスを何倍もブラッシュアップする。例えば、グループ会社であるセゾン自動車保険の新サービス「つながるボタン」。万が一の事故の際、ボタンを押すと「つながるアプリ」が起動して、すぐに事故受付担当者と話せ、現場への警備保障会社の隊員派遣が要請できる。後者は、例えば、昨年末に発表したサイバーセキュリティ事業への参入だ。これはイスラエルのラボや提携企業の最先端のノウハウをワンストップで提供するものだという。

「私は、デジタルのキーワードはCX(カスタマー・エクスペリエンス)だと思っています。あくまで顧客ありきで、何をお届けできるか。そして、どれだけ満足できる体験を、いままで以上に与えることができるか。『こんなの初めて』という驚きをデジタルによって感じてほしいと考えているのです。繰り返しになりますが、IoTもAIもビッグデータもそのツールでしかありません」(楢崎)

そのためのプロセスとして、まず出資や提携が考えられる。例えば、いいスタートアップ企業があれば一緒にビジネスに取り組んでいく。昨年、米国ベンチャー企業の「Trov(トロブ)」に出資したのが、その好例といっていい。これによって、個人の資産、とりわけ動産を必要なときだけ保険加入する「オンデマンド保険」の事業権を獲得した。次にデザイン思考。この概念を提唱したシリコンバレーの「IDEO(アイデオ)」と組んで、ビジネスやサービスの立ち上げにデザインの発想を持ち込んでいる。さらに、2015年にワタミの介護、メッセージの介護事業を手に入れたようなM&Aも選択肢としてある。

こうして「デジタルトランスフォーメンション」を実現しようとするとき、櫻田が口にするのが“保険頭”という独特の表現だ。楢崎のCDO招聘にしても、櫻田の「保険頭でない人間を連れてこい」ということが前提になっていたという。これは保険の知識がなくてもいいということではなく、むしろ、外部に向かって保険を語りながら、デジタル対応の効果を説明できる能力といっていい。楢崎の部下には、そうした人材が社内外から集められた。

楢崎は「当然、私がリーダーシップを発揮します。しかし、基本は総合力です。私が独自にアイデアを出したものもありますし、スタッフから上がってくるものも少なくない。実は、ここは実証実験の場なのです。コンセプトがあり、試行錯誤しながらプログラム化して、うまくいけば事業化に動き出します。その際のやり方がアジャイル、つまり素早さ、敏捷性ということですね。そんなことをもう20~30回繰り返してきました。そうしないと組織は動きません」と説明する。