重要なのは「過去から現在までのヒストリー」

また簡単に達成できるビジョンではワクワクしません。困難や障害があるほど物語は盛り上がります。その「困難な目標」に向かって、いろいろな障害を乗り越えていく姿を見せる必要があります。そうやって初めて、観客(顧客・見込み客・消費者)や共演者(従業員)は、主人公(企業)のファンになっていくのです。かといって実現不可能そうなビジョンでは相手にしてもらえません。

利己的でもなくキレイ事でもない。同業他社には言えない。簡単に達成できないかもだけど、絵空事ではない。この主人公なら、ひょっとしたら達成するかもしれないという絶妙なビジョンを掲げる必要があるのです。

その時、重要になってくるのが、その企業の「過去から現在までのヒストリー」です。その企業の創業時のドラマであり、その思いがどのように引き継がれてきたかの歴史であり、現在その会社に根付いている文化でもあります。

この「ヒストリー」は非常に重要です。私が企業のストーリーブランディングのお手伝いをする時も、周辺への取材や直接のヒアリングを重視します。

経営者にインタビューするのはもちろん、創業者のエピソードも詳しく教えてもらいます。店舗・工場・オフィスなども可能な限り見学させてもらいますし、社員の方にも話を聞くことも多いです。もちろん過去の広告やライバル企業との関係などもできる限り調べます。そのように分析していく中で、この会社を物語の主人公にするには、どのようなビジョンを掲げればいいかが徐々に固まってきます。

企業のヒストリーがうまく取り入れられていて初めて説得力のある「未来のビジョン」になるのです。逆に過去と未来がバラバラだと、取ってつけたようなビジョンになってしまい、観客(顧客・見込み客・消費者)や共演者(従業員)の共感を呼べません。

きちんと過去のヒストリーが組み込まれた未来のビジョンは、実現されそうな気がして臨場感のある物語になります。

さらに理想を言うと、そのビジョンにより紡ぎだされる「物語」が今までにないまったく「新しい世界観」を生み出すようなものであれば言うことがありません。たとえば「宮原眼科」や「誠品書店」(『「コト消費」の嘘』第三章にて紹介)のように。

ただしこれは実際にはかなり難しいです。小説や映画のようなフィクションであっても「新しい世界観」を持つような物語はなかなか生まれないように。

けれど、あくまで理想は理想として、まずはどんなものであっても「物語」を生み出すことが大切です。

川上徹也(かわかみ・てつや)
コピーライター。湘南ストーリーブランディング研究所代表。大阪大学人間科学部卒業後、大手広告会社勤務を経て独立。東京コピーライターズクラブ新人賞、フジサンケイグループ広告大賞制作者賞、広告電通賞、ACC賞など受賞歴多数。「物語で売る」という手法を体系化し「ストーリーブランディング」と名付けた第一人者としても知られる。著書に『物を売るバカ』『1行バカ売れ』『こだわりバカ』(いずれも角川新書)などがある。
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