中国は世界の覇権を握ることはできない

世界のバランス・オブ・パワーを考えると、アメリカはもとより、中国を無視することはできません。中国は今、急速に世界への影響力を強めていて、その勢いを止めることはもはやできない段階に来ています。これまでは「中国はいずれ崩壊する」とタカをくくっていた多くの日本人も、今や現実を直視するしかないのです。

ただ、中国が早期にアメリカに取って代わり、世界の覇権を握るかと言えば、それはないでしょう。20世紀にアメリカが達成したようなグローバルな国力の展開は、圧倒的な国内経済と技術の基盤がないとできないからです。目下の可能性としてあるとすれば、中国による東アジアの地域覇権です。習近平総書記の提唱する経済圏構想としての“一帯一路”によると、陸では中国と中央アジア、一部欧州まで、海なら中国沿岸と南シナ海、インド洋を経て地中海と連なるエリアに影響力をおよぼすはずです。しかし、これは長い時間を要する大きな枠組みでの話です。

中国には越えなければならない大きなハードルがあります。その最たるものが、民主化です。今の中国が世界から警戒され、時に非難される問題の多くは、中国が今も共産党の独裁体制であることに起因しています。ノーベル平和賞受賞者を軟禁し、その死に際しても不当な扱いをし、自国に都合の悪いニュースは国民に届かないようにしています。国内でこれほど自由や民主主義がないがしろにされたままでは、中国は国際社会での政治的、精神的なリーダーシップを得ることは難しいでしょう。

それと懸念されるのが、やや停滞し始めた中国経済の行方です。もちろん、成長が急激に止まることはなく、2桁だった成長率がたとえ5%なり4%に落ち込んでも、2040年頃にはアメリカのGDPを追い越します。だが、それはもはや高度経済成長とは言い難いものでしょう。日本が、1970年代の初めに2度のオイルショックを乗り越え、戦後では第2弾となる高度成長を果たしたような離れ業ができるかどうかです。

今のままの中国では、日本には同盟を組むという選択肢はあまりせん。しかし、これから約20年後、アメリカを凌ぐ超大国となっている中国と日本は永久に対峙していかなければならないのかと言えば、必ずしもそうとは限らないでしょう。私は、中国のゆるやかな「民主化への支援」が日本のなすべき仕事だと思っています。

ちなみに、イギリスが離脱を決めたEUは、今後も紆余曲折はあるでしょうが、やがては地域ローカルな「関税同盟」になると考えます。貨幣のユーロは維持されるでしょうが、ドイツのメルケル首相が呼びかけている政治統合はとても無理です。私はイギリスに長く滞在したのでわかるのですが、欧州は異なる民族と言語が存在することから、統合を進めるべきという動きはなくならないでしょうが、ひとつになろうとしても決してなれません。むしろ、国別に分かれているからこそ、欧州全体としてあれだけの活力があるとも言えるわけです。

世界史をみれば、どんな大国でも必ず興亡の道をたどることがわかります。また、それによって国際情勢も時々刻々と変化していくわけです。その象徴的な例が、1991年のソビエト崩壊による冷戦終結でしょう。結果として、アメリカの「一極覇権主義の時代」が到来したのですが、今度はそのアメリカが衰亡の危機に向かわざるを得ない流れになってきました。そして、そのあとに訪れるのは、中国とアメリカ、欧州とロシア、インドなどが入り乱れる多極化の世界です。