「原始記録」はどこにある?
手書きならば、予約のキャンセルやサービス開始後に延長した場合などに、上から取り消し線を入れて訂正などがされるのが普通である。ところが渡された紙のリストにはいっさい上書きがない。店長はウソをついている、と私は直感した。調査では「真実が記載されたリスト表の原本」を把握することが適正な課税をする上での生命線になる。これを部内用語で「原始記録」と呼ぶ。
デリヘルを運営する経営者はインターネット上での集客に力を入れており、ITにはそこそこ詳しい者のはずだ。リスト表が手書きだとしても、データ化して表計算や給与計算に利用するはずだ。どこかに「原始記録」(リスト表の原本やデータ)があるはずだ。机、ロッカー、金庫など、部屋の中にあるモノをすべて調べる。すみずみまで調査したが、残念ながら「原始記録」は発見できなかった。
ならば、デリヘル嬢への聞き取り調査だ。彼女たちは働いた分の給料を店からきちんともらうため、出勤日時やサービス本数、オプションなどを個人的に記録している場合があり、そこから本当の売上が判明し、不正が発覚することがある。しかし、彼女たちは「メモしてない」と言う。店長からかたく口止めされているのかもしれない。ないと言われた以上、さらなる追及はむずかしい。
数時間にも及ぶ無予告調査だったが、これ以上の収穫はのぞめないだろう。「今後もきちんとリスト表に記録をお願いいたします。ご協力ありがとうございました」と言って店をあとにした。しかし、これで終わりではない。あたかも調査が失敗したように見せかけただけである。税務調査官の反撃はここからだ。
「内観調査」と「張り込み」による逆襲
まずターゲットであるプリンセスクラブのホームページを閲覧して、毎日の出勤状況をデリヘル嬢別に時間帯でトレースしておく。出勤状況はサクラ(架空の出勤)であることも少なくないが、記録しておくことが大切だ。
次に、国税調査官が実際に電話で予約して、プリンセスクラブのサービスを客として利用する。調査官が顧客となって店舗の内部に立ち入る「内観調査(内偵)」だ。予約時には必ず「指名」して、「有料オプション」も申し込む。プレイ料金は売上に計上していても、指名料や有料オプションを売上から抜く業者がいるからだ。内観調査は多ければ多いほど、あとからの追及で効果を発揮する。
きわめつけは、探偵かと見まがうほどの「張り込み」である。デリヘルの入るマンションの向かいの部屋を借りて、ビデオカメラをマンションの玄関へ向けて設置する。デリヘルは、たいてい送り迎えにクルマを使うので、そこで乗り降りする女性は出勤している嬢と考えて間違いないだろう。都心の繁華街では、嬢は歩きで客のもとへ向かうことも多いので、その場合は追尾する。このようにして、嬢の出勤だけではなく、サービスが提供される状況を記録しておくのだ。