【田原】10年にスタンフォード大学へ留学された。どうでした?
【米良】じつは留学前に松尾先生が研究室の東大生を連れて渡米するというので、ついていったことがありました。そのとき初めて起業家という人たちに会って、感動しました。慶應の学部生のころ学校で就職説明会がありましたが、当時はみんな就職することしか頭になかった。ところがスタンフォードだと、優秀な人たちはみんな起業家になっていました。自分もそうなりたいなと、素直に思ったんです。
【田原】留学から帰ってきてREADYFORを立ち上げられた。
【米良】最初はオーマという会社の一事業として立ち上げました。オーマは起業家精神を持った学生を応援するために松尾先生がつくった東大発のベンチャー企業です。そこからスピンアウトして会社にしました。
【田原】すぐ軌道に乗ったんですか。
【米良】11年の3月にスタートして、最初の1年で約1000万円しか集まりませんでした。正直、続けていくかどうか揺れていましたね。でも、翌年ダボス会議から招待がきて救われました。私が参加したのは、Global Shapersという33歳以下の若者枠。そこには世界各国から実際に社会を変えつつある人たちが集まっていて、私も頑張らなければと勇気をもらいました。また、クラウドファンディングをテーマにしたセッションがあったのもラッキーでした。グーグル会長(当時)のエリック・シュミットやナップスターを立ち上げたショーン・パーカーが「これから社会を支える仕組みとしてクラウドファンディングが必要」と言っていて、いまやめる理由はないなと。
【田原】いまREADYFORの規模はどのくらいですか。
【米良】メンバーは約70人。プロジェクトは年2000件くらいです。
【田原】READYFORはどうしてうまくいったんだろう。
夢を気軽に語れる「場所」をつくりたい
【米良】起業した当時、すでに世界にはアメリカを中心にクラウドファンディングの仕組みが200あって、一つのプロジェクトで2000万円以上集めている例もありました。一方、先ほど言ったようにREADYFORは苦戦していた。何が違うのかを考えて行き着いたのが、アメリカ人のお金を集める力。具体的にはプレゼンテーション能力です。アメリカの中学校には、自分の夢をスピーチして、それをYouTubeにアップして再生回数を競う授業があります。そういう授業がある国と、自分の夢を語るのは恥ずかしいことと思う日本では、やはりアピールする力が違うなと。
【田原】日本人も夢がないわけじゃないですよね。