「抽象的」なのは毎日社説も同じ

毎日新聞の社説は「共産党との選挙協力に枝野氏は前向きで、前原氏は否定的だ。この問題が代表選の争点となる背景には、小池新党と共産党のどちらを連携先に選ぶかという路線対立が潜む」と解説している。

毎日社説は、読売社説と同様に共産党との協力について触れてはいるのだが、この問題をどうすべきかについての主張がなく、がっかりさせられる。

「旧民主党の時代から保守系とリベラル系が党内に混在し、バラバラ感を生んできた。それでも存続してこられたのは、野党第1党として政権を批判していれば選挙で一定の支持を期待できたからだ」

「そんな選挙互助会のぬるま湯体質が、国民向けの政策提示より内向きの党内融和を優先する姿勢につながり、民進党は何をやりたいのか分からないとの批判を招いてきた」 

まったくその通りなのだが、毎日社説は「こうした問題があるから民進党はどうすべきか」を具体的に主張できていないのである。

毎日社説はさらにこうも指摘する。

「代表選の共同記者会見で前原氏は『自民党に代わる選択肢を作りたい』、枝野氏は『自民党とは違う明確な対抗軸が必要』と口をそろえた。 

「前原氏は『オール・フォー・オール(みんながみんなのために)』、枝野氏は『支え合う社会』を掲げる。いずれも抽象的だが、深刻な少子高齢化への処方箋を示せていない安倍政権に対抗する政策として、早急に肉付けしてもらいたいテーマだ」 

繰り返すが、抽象的なのは民進党だけではなく、民進党代表選について書いている毎日社説も同じだ。具体性を欠いており、主張といえるような内容とはいえない。

それなら民進党にどう主張してほしいのか

毎日社説は終盤でこう書いているが、やはり抽象的だ。

「そのための国民負担は消費増税に求めるのか。党内対立の火種となってきた憲法改正や安全保障政策も含め、徹底的な議論が必要だ」 

徹底した議論はもちろん必要だ。言わずもがなである。毎日社説は消費増税や憲法改正、安全保障政策に関して、民進党がどうすべきかを深く主張すべきなのだ。そこがないからこの毎日社説を読むと、どうしても隔靴掻痒に感じてしまう。

毎日社説は最後に「民進党が置かれている現状では、過去のような内向きの議論が許される余地はない。『もう後がない』と自覚し、民進党の理念と覚悟を国民に向けて示せるかが問われている」と書いている。

民進党にとって「後がない」は明らかであり、新聞の社説がそこをいくらたたいても無駄である。「理念」や「覚悟」といった抽象的な概念をいくら示しても国民は納得しない。ならばどうすべきか。毎日社説に主張してもらいたいのはそこである。

【関連記事】
嫌味たっぷり"朝日社説"を産経は嗤えるか
なぜ"籠池逮捕"で読売だけ核心を隠すのか
読者をうんざりさせる新聞の「自画自賛」
仲間ゼロでも細野氏が民進を見限ったワケ
"蓮舫代表の交代"をうらやむ自民党の苦悩