赤手拭として現場をとりまとめてきた今村が、流全体を俯瞰するチャンスに巡り合ったのは、山笠を長く続けてきたからこそである。

先輩の姿に憧れる10代、憧れられる先輩となる20代を経て、30代の今村は、誰かの役に立つ喜びを知った。町内の無病息災を祈る山笠の核は、こうして時間をかけて、ひとりひとりの舁き手の人生に沁み入っていく。

「いい山笠」へ、めっちゃ議論

新入社員の岡崎大地(22)、本田祥久(22)。アルバイトから社員登用となった今村、大野雅士(37)。4人は口をそろえて言う。

「先輩がたは、みんな理不尽」

理不尽にもかかわらず、山笠を続けるのはなぜなのか。

「山笠って、最後にやめられないおもしろさがくるようにできてるんですよ。うまくできてるなあと思います。昔の人ってすごいですよね」

と言うのは、大黒流の大野だ。

「それに、先輩たちは理不尽ですが、その理不尽な要求にがんばって応えると、気持ちよくなってもらえるんです。そのワザは、接客に生かせます。先輩ほどヒドいお客さんはいませんから」。大野は笑った。 

直会の席。若手が礼儀作法を身に付ける場でもある(撮影・比田勝大直)

だが、山笠は単なる上意下達の縦社会ではないという。

「山笠をよくするために、めっちゃ議論するんですよ。ほかの町内の40代の赤手拭の人とも意見をぶつけ合うので、ケンカみたいな言い合いになることもあります。でも、『いい山笠にしたい』という熱い思いがあっての言い合いから、いいものは生まれていくと思うんですよ」

中学時代にはやんちゃだった岡崎が、山笠の核心をこう突いた。

岡崎は、自分の意見をはっきり言うので、ほかの町内からも顔を覚えられている。

「議論で相手の勢いに負けて引いてしまって、あとでぐちぐち言うのはカッコわるい。うるさい人間と言われてもかまわないです。山笠をよくするために言ってるので」

原点は中洲や博多への恩返し

山笠には、人の一生がつまっている。

父親に抱かれた赤ん坊、ぽちゃぽちゃした身体の幼い子ども。まだあどけない小学生。子どもたちは、前後を大人たちに守られ、集団の先頭を「招き板」を抱えて走る。“前走り”として駆ける子どもたちにはひと際あたたかい拍手がわきおこる。

「ビール1本お願いします」
「ハイボール3杯お願いします」

直会では、注文を聞きとる係が、品名と本数を短い言葉ではっきり大きく言う。注文を受けた酒の係がビール瓶やハイボールを準備し、締め込みに法被姿の中学生が慣れない手つきで席に運ぶ。中学生はこうして少しずつ宴席での立ち居振る舞いを身につけていく。