「残念賞」にしないブランド価値

あまりにも身近で価格の安い洗浄道具であるタワシは、時に不当な扱いも受けてきた。たとえばテレビ番組の景品抽選のシーンで、「大当たり賞」の海外旅行の隣には、「残念賞」としてタワシが並ぶことがあった。今でも実施している番組もある。笑いを取る演出だろうが、職人が丹精込めて手作りした商品がネガティブイメージになりかねない。そのため、現在はテレビ局からの企画協力の中身を吟味するようになった。

(上)パームやしを使った元祖「亀の子束子」。(下)パームやしの繊維。これを束ねてタワシに加工する。

ブランド価値を上げる活動は「モノづくり」だけでなく、販売面での「コトづくり」でも取り組んでいる。たとえばデザインに力を入れている亀の子スポンジを販売する際には、その横で必ず亀の子束子を併売してもらう。亀の子束子という会社は「センスのいいスポンジを作る企業」ではなく、あくまでも「100年以上続くタワシ屋」であることを知ってもらうためだ。

そうしたコトづくりの象徴が2014年11月29日に開業したアンテナショップ「亀の子束子 谷中店」だ。「谷根千(やねせん)」の別名で知られる東京の下町、谷中・根津・千駄木地区の一角、谷中2丁目にある。この場所を選んだ理由を鈴木氏はこう語る。

「当社の商品は、やはり昔ながらの街で発信したかったのです。古くからの寺があり職人も残る街として浅草も候補として挙がりましたが、より生活に密着した住宅街であるこの場所を見た時にピンときました」

開業して3年近く、今では立派に利益を生む店に成長した。

伝統を残しつつ革新に取り組み、祖母―母―娘と継承されてきたものを、21世紀の今後も持続しようとする意識は高まっている。西尾氏はこんな一面も明かす。

「核家族化が進み、タワシを知らないまま育ち、すべての食器をスポンジで洗う人も珍しくありません。そこで消費者とタワシの出合いの場も設けています」

その象徴が毎年7月2日の「たわしの日」にちなんだイベントだ。同社が1915年7月2日に「亀の子束子」の特許を取得した日で、今年も東京都北区の本社には7月1日、2日の2日間で3000人弱の人が訪れた。タワシの製造体験を楽しみ、会場では特別商品も販売されたという。

社内の雰囲気もガラリと変わり、「それまで惰性で仕事をしていた一面もあったが、全員で1つのことに取り組む意識が芽生えてきた」(西尾氏)という。

近い将来、「特別賞」の亀の子商品をもらった人が喜ぶ姿が見られるかもしれない。

高井 尚之 (たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント。1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社)がある。
(写真提供=亀の子束子西尾商店)
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