ただし、元会長夫妻が何度も弁護士や公認会計士と打ち合わせし、長男を香港に居住させ、長い期間をかけてこの贈与スキームを作り上げてきた経緯を重視し、裁判長からは、「海外経由で両親が子に財産を無税で移転したもので、著しい不公平感を免れない」「国内にも住居があったとも見え、一般の法感情からは違和感もある」との補足意見が述べられた。

このような行為を防ぐため、2000年、2013年、2017年と税制改正が行われ、贈与者、受贈者が国内、国外のどちらに居住しているか、またその期間はどれくらいかによって、課税対象となる財産の範囲が細かく規定されるようになった。この事例から言えるのは、贈与は適切に使用することで相続税の節税対策となるが、「租税回避」と疑われるような無理な方法は避けるべきということである。

個人から財産をもらったときにかかる贈与税

贈与税は、個人からの贈与により財産を取得した個人に対して、その取得財産の価額を基に課される税金であり、次の2つの課税方式がある。

ひとつは「暦年課税」で、1年間に贈与を受けた贈与財産にかかる税額をまとめて計算する課税方式である。年間受贈額が110万円以下なら贈与税がかからず、申告も必要ない。この110万円を「基礎控除」という。110万円を超える部分については、累進的に10%~55%の税率が課される。この課税方式による贈与(暦年贈与)があってから3年以内に贈与者が亡くなった場合、贈与者から相続または遺贈により財産を取得していれば、贈与者である被相続人の相続財産に、贈与財産の価額を加算して相続税を計算しなければならない。

もうひとつは「相続時精算課税」で、原則として、年齢20歳(※)以上の者が、60歳(※)以上の直系尊属(曾祖父母、祖父母、父母等)からの贈与について「相続時精算課税選択届出書」を提出した場合に適用される課税方式である。この届出書は一度、提出すると撤回することができない。そのため、提出には慎重な検討が必要である。
(※)贈与を受けた年の1月1日における年齢

相続時精算課税では、贈与によって取得した財産の価額から2500万円までを控除でき、それを超える分に、一律20%の税率を適用する。この2500万円を「特別控除」といい、暦年課税の基礎控除と異なり、すべての期間を通じて適用されるものである。贈与者が亡くなった場合、贈与者である被相続人の相続財産に、贈与財産の価額を加算し、そこからすでに支払った贈与税額を控除して相続税額を計算する。なお、この課税方式を選択すると、届出書に記載した者からの贈与については、「暦年課税」が選択できなくなる。