新興国にもキャッシュレス化に積極的に取り組んでいる国がある。16年11月8日、インドのモディ首相は「明日0時をもって1000ルピーと500ルピーは使えなくなる」とテレビの緊急演説で宣言した。インドは現金社会で、現金そのものが不正蓄財や脱税の温床になっている。そこでブラックマネー対策として一番高額な1000ルピー札(日本円で約1700円)と2番目に高額な500ルピー札を法定通貨として無効にしたのだ。国内流通量の80%以上を占める高額紙幣がいきなり使えなくなって、インドの人々は旧札を新札に替えるために銀行やATMに殺到したが、新札の準備が遅れたこともあって一時インド経済は大混乱に。しかし事態は思いの外すんなり収束した。現金で決済できないなら電子決済しかないということで、すでに公共サービスなどの電子決済化を進めていたインドは、現金不足を契機に一気にキャッシュレス社会に舵を切ったのだ。
中国でもキャッシュレス化がものすごい勢いで進行している。日本のように街角の郵便局やコンビニで簡単に現金を引き下ろせるインフラネットワークを広大な中国やインドで築こうと思ったら、莫大なコストと時間がかかる。しかし普及著しいスマホを活用したモバイル決済なら、そんな手間暇は必要ない。中国のネット人口は7億人以上で、都市部でのスマホの普及率はほぼ100%に近い。スマホでネットショッピングしたり、スマホでモバイル決済したりするのは中国人にとってきわめて日常的なのだ。中国で主流のモバイル決済アプリといえば、アリババの「Alipay(アリペイ)」とテンセントの「WeChat pay(ウィーチャットペイ)」。日本でもアリペイやウィーチャットペイで支払い可能な店舗やタクシーなどのサービスが拡大している。
ところでスウェーデンの「Swish」にしても、アリペイやウィーチャットペイにしても、利用者に手数料はかからない。モバイル決済システムがどうやって儲けているかといえば、基本的には加盟店が支払う手数料である。クレジットカードも同じ仕組みだが、クレジットカードの手数料が3.4%程度であるのに対して、モバイル決済の手数料は非常に低く設定されている。クレジットカードが3.4%も手数料を抜く理由は、万が一、利用者が代金を支払わなかった場合の回収コストが乗っかっているからだ。しかし利用者本人のクレジット(信用)が電子的に判定でき、即時に引き落とせるモバイル決済であれば、高い手数料を取る理由はない。電子決済のコストは通信費とコンピュータの処理代くらいで、決済額が高くても低くてもコストに変わりはない。クレジットカードが高額でも同じ%を抜くのは高額購入者ほどトラブったときに回収費用が嵩むからである。ネット社会はよりフリクションの少ないほうに進んでいく。決済額に応じてパーセンテージで手数料を取られるクレジットカードの概念はきわめて邪魔なフリクションだ。スマホ経由で銀行口座に直接アクセスして電子決済する方向にキャッシュレス社会が進んでいく中で、高い手数料を取るクレジットカードは無用の長物になる可能性が高い。しかし日本やアメリカの金融機関はクレジットカードの手数料が濡れ手で粟で入ってくるのでスマホ決済でもクレジットカードを経由するのが大半である。