90枚のスライドは自分でつくる

――一般には、企業規模が拡大すればするほど、「社長の顔が見えない」「会社が何を考えているかわからない」となりがちです。社長が日ごろから、ざっくばらんな情報をさらけ出せば、部下の理解も広がりそうですね。

経営陣の考え方を、従業員に理解してもらうことは重要です。私は、社内の上級職(一般の会社の管理職に相当)に向けて、最低で年に5回、会社の現状についての説明会を開いています。四半期ごとの業績説明に加えて、「中期経営計画」の策定など特別な状況の時に行う。2015年に英国のドミノ社を約1890億円(当時の日本円換算)で買収した時も、上級職を集めて事情と真意を説明しました。

説明会のスライド資料は、毎回90枚ほど。最後は担当者が整えますが、ベースはすべて自分で作成しています。中身は業績などの財務数値、状況説明、将来の予想、経営者の考えや思いなど。できるだけ具体的にまとめます。ドミノの買収当時は、ポンドが強い時期でもあり、企業買収での目安となる指標、EV/EBITDA倍率では16~17倍でした。通常、この数値はもう少し低いほうが望ましく、取締役会でも「少し高いのではないか」という意見が出ましたが、買収案件はタイミングも大切です。「ここでやらないと会社の将来も見えない」という危機感もあり、思い切って決断しました。

買収による連結子会社化による「のれん償却費」や「無形固定資産の償却費」の負担も抱えました。一方で、私は社長就任以来、内部留保を約1000億円増やしてきており、ブラザーの財務体質も強固だったので決断したのです。こうした裏事情も話しました。

独りよがりにならないよう、説明会のアンケート調査も実施しています。「理解できた」「わかりやすかった」という声が8割程度で、中には「説明が長すぎる」という声もあります。本音では「苦労してやっているのに残念だな」とは思いますが、貴重な意見ですから真摯に受け止めています。

上級職を集めた社内説明会の様子

「人となり」を知りたい

――「ブラザーきっての情報通は社長」と聞きました。社員の人となりを把握することにも余念がないそうですね。

私は26歳から50歳まで米国に駐在していましたが、多くの社員と面識がありました。日本出張の際には、所属部門に関係なくさまざまな人に声をかけたり、米国に出張に来る人がいれば、必ず交流の機会をつくるようにしていました。仕事で接点がない人でも、技術的にわからないことをメールで質問しますし、興味があって、呼ばれていない会議にオブザーバーとして参加したこともあります。日本帰国後も同様で、長年続けた結果、上級職以上とはほぼ全員と面識があり、能力や性格はだいたいわかっています。

私は大口を叩くタイプですが、臆病なぐらい慎重なところもあります。特に人材登用に関してはそうですね。その人がどんなタイプなのか、判断できる情報をできるだけ多く持っていたい。そうでないと組織再編や人事異動の際でも、自分が思う適材適所で人員配置ができないのです。さまざまな機会を見つけて社内の人と交流した結果が、現在の仕事にも生きています。