「あるぽらん’89」との出会いは今から8年前。『マイマイ新子と千年の魔法』というアニメーション映画を作った頃でした。

アニメーション映画監督
片渕 須直

1960年、大阪府生まれ。脚本・監督を手掛けた昨年公開の映画『この世界の片隅に』は、異例のロングランを続け、動員数195万人を突破。第40回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞など、25の映画賞を受賞した。現在も、丸の内TOEI、テアトル新宿などで全国ロングラン上映中。
 

馴染みのないタイトルのアニメ映画に、子供が足を運ぶ時代ではすでにないのはよくわかっていましたし、この映画はまず大人に観てもらいたかった。大人のお客さんが観に来やすい時間帯にレイトショー上映してくれる映画館を自分たちで探したんですが、その近所にあったのがこのお店なんです。

「明日のお客さんたちの前ではこんな舞台挨拶をやろうか」。ここでプロデューサーや宣伝スタッフたちと毎晩作戦会議をしました。最初に決まっていた上映期間はわずか1週間。絶対に連日満席にしようと企画を出し合った。あんなに楽しかったことはないですね。やがて口コミが広がって、1年間もロングランが続いたんです。

いかにも中央線的でディープな雰囲気もさることながら、ここは食べ物がいいんですよ。スモークレバーとか、うずらのピータン玉子とか、ちょっとした酒のアテもおいしい。僕は終電に間に合わないのでいつも車。だから毎晩ブドウジュースでおつまみを食べていたんですけどね(笑)。

通常であれば、映画監督の仕事は作品が完成すれば終わり。でもこの経験で、作り手である僕たちは、映画を届けたい人と直接関わり合っていけるんだとわかった。当時のお客さんには、昨年公開された映画『この世界の片隅に』まで繋がっている方がたくさんいます。仲間とおいしいものを食べながら、明日の夢を描いた当時の勢いが、ずっと続いているんです。

「SPOON+」は、6年半かかって『この世界の片隅に』が完成した際、一緒に仕事をしていたスタッフさんたちと行ったお店です。

生牡蠣を頼んだら、下にはひじきのクリーム煮が敷いてあって、レモンのジュレがかかったものが出てきて驚きました。すごく工夫した料理を出されるんです。あと、火山の塩でステーキを食べてみたら、独特の風味になったのもおいしかったな。ワインと一緒に、みんなでゆったりと楽しいひとときが持てたことで、制作期間の終わりを実感できた気がします。

今後は海外でも『この世界の片隅に』を上映していきます。異国の地でどうすれば届けたい人たちに観てもらえるのか。難しいけれど、「あるぽらん’89」で作戦会議をしていた頃のように、小さな場所から始めるつもりです。多分それが大事なことなんですよ。