誤解を恐れずに言うならば、彼女のつくりあげる物語はエグい。その容姿とは裏腹である。「ロストジェネレーションの旗手」と呼ばれる彼女の原点を辿った――。
金沢市の郊外、周囲の田畑に薄く積もった雪が、ぽつぽつと降り始めた雨に溶けつつあった。
1月の北陸。帰郷中の本谷有希子は馴染み深い一本の道を歩いていく。
昨年末に紀伊國屋ホールで舞台『偏路』の公演を終えたばかりの彼女は、春に出版する小説(『乱暴と待機』『ほんたにちゃん』)の最終仕上げに集中しているところだった。
「……ながみち、っていうんです」
実家の近くから延びるこの農道を、地元の人たちはそう呼んでいるという。小学校、中学校といつも登校時に通っていた、真っ直ぐどこまでも続くかのように思えた道。それは、彼女にとっての原風景ともいえるものであった。
1979年、本谷有希子は石川県白山市に生まれた。幼い頃から慣れ親しんだ道の風景が変化し始めたのは、高校生になった頃のことだ。少しずつ水田が減ったかと思うと、住宅が建ち、これまではなかった道路が「ながみち」を分断して横切る。そしてその先の幹線道路沿いに出現したのが、巨大ショッピングセンターの「APITA」だった。
「それからは同級生や友達、妹もみんなアピタに集まって、遊ぶときも買い物をするときもバイトもアピタ。そこですべてが完結しているような雰囲気が苦手でした。あそこはそのときの感覚のシンボルみたいなものです」