北朝鮮はソウルを「火の海」にできるのか

では、逆に北朝鮮側からの先制攻撃はあるのか。その可能性もゼロだといっていい。なぜなら、北朝鮮には勝ち目がないからである。

北朝鮮は日本を攻撃するために200基以上(300基という説もある)の弾道ミサイル(ノドン及びスカッドER)、韓国を攻撃するために600基の弾道ミサイル(スカッド)と、ソウルをピンポイントで攻撃可能な多連装ロケットを保有している。

このように北朝鮮軍は攻撃手段を大量に保有しているが、問題なのは破壊力と命中率である。例えば、飛行場を攻撃する場合は滑走路に命中させなければならないが、通常弾頭(高性能爆薬)の弾道ミサイル1基で破壊可能な面積は、最大700平方メートル(バスケットコートを1面程度有する体育館に相当。東京ドームは46,755平方メートル)に過ぎないうえ、命中率が低い弾道ミサイルで滑走路を破壊するのは困難である。

たとえ破壊できたとしても、被害が復旧される前に繰り返し攻撃する必要がある(航空自衛隊の場合、約4時間で離着陸可能な程度に復旧可能)。化学兵器を搭載するのであれば、化学兵器の効力を持続させるため、同じ目標に繰り返し撃ち込まなければならない。しかも、目標の風上に落下させなければまったく意味がない。

1991年の湾岸戦争では、イラクがイスラエルへ通常弾頭の弾道ミサイルによる攻撃を行った。イスラエルは42日間で18回のミサイル攻撃を受けたが、このうち10回の攻撃では負傷者は出なかった。最終的に直撃による死者は2人、負傷者は226人であった。その他にも間接的な被害として、ミサイル警告間の緊張から5人が心臓麻痺で、7人がガスマスクの取扱いミスで死亡した。さらに、222名がアトロピン(神経剤に対する治療薬)使用の結果として治療を必要とし、530人がヒステリーや精神障害の治療を受けた。

一方、物的損害は、平屋6142棟、ビル1302棟、公共施設23カ所、商店200軒、車50台が破壊された(これらには、ミサイルの直撃を受けたものの他に、スカッドや米軍の迎撃ミサイルの破片による被害が含まれている)。イスラエルが受けた被害は、決して小さいものではない。だが、イスラエルの市街地は一部で火災は起きたものの、北朝鮮の宣伝文句に出てくるような「火の海」にはならなかった。

もちろん大都市に落下しなくても、弾道ミサイル攻撃が起きれば、一般国民の心理的な圧力は相当大きなものとなる。しかし、冷静に分析してみると、北朝鮮が保有する弾道ミサイルの数は、軍事的には(核弾頭を搭載しない限りにおいては)、多いようで実は少ない。ひとことでいえば「足りない」のだ。(つづく)

宮田敦司(みやた・あつし)
1969年名古屋市生まれ。ジャーナリスト、北朝鮮研究者。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校語学課程修了。北朝鮮を担当。1989年日本大学法学部政治経済学科入学、1994年卒業。1999年日本大学大学院総合社会情報研究科博士前期課程入学。2005年航空自衛隊退職。2008年日本大学大学院総合社会情報研究博士後期課程修了。北朝鮮研究で博士号(総合社会文化)を取得。近著に『北朝鮮恐るべき特殊機関』。
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