なぜタッチキーボードは打ちづらいのか

話は2年前にさかのぼる。YOGA BOOKの開発は、発表(2016年9月)の2年前から行われていたそうだが、河野氏や戸田氏がYOGA BOOKの話を聞いたのは、2015年の春の段階だったという。「我々に話が下りてきた時には既にサンプルができていましたが、そのサンプルで実装されていたタッチキーボードはとても生産性が高いと言えるモノではなかったのです。そこで、我々の持つソフトウェア手法を売り込みに行こうという話になりました」(河野氏)

そこで2人は、YOGA BOOKの開発を担当しているレノボ本社の製品開発部門へ飛び、担当者に自分たちの新技術をプレゼンした。具体的には、オンスクリーンキーボードの入力速度を飛躍的に向上させる新しいソフトウェア手法だ。

オンスクリーンキーボードというのは、タブレットやスマートフォンなどで画面上に表示されるソフトウェアキーボードのことだ。スマートフォンなどで一般的に使われる10キー型のオンスクリーンキーボードは、フリック入力など一本指でのタッチ操作に最適な入力方式で入力されるため、操作性は悪くない。

一方画面が大きいタブレットでは、10キーのフリック入力ではなく、PC用の物理キーボードと同じ配列のQWERTYキーボード(クォーティキーボード。キーの並びがQ、W、E、R、T、Yになっているためこう呼ばれる)のオンスクリーンキーボードが利用されるのが一般的だ。しかし、「Q」を押しているつもりなのに隣の「W」キーが入力されるなど、「物理的なキーボードに比べ、オンスクリーンキーボードは使い物にならない」という評価が定着してしまっていた。

ユーザーの“心”を推測するキーボード

河野氏と戸田氏が開発していたのは、その"常識"を打ち破るソフトウェア手法だった。技術の肝となったのは、同社が「エルゴノミック・バーチャル・キーボード」と呼ぶ仕組みである。ユーザーがキーを打った時に、指が触れたキーの場所を物理的に検出するだけでなく、打った人の意図をくみ取り、推測を組み合わせて押されたキーを確定するのだ。

通常、人間がソフトウェアキーをタッチする場合は、必ず中心をタッチしている訳ではない。ユーザーによって、また指によって、タッチする位置は微妙に異なっている。そこで2人が考えたのは、そのユーザーの入力のクセを短時間で学習し、それを元にして補正をかけることでユーザーが本来入力したかったキーを正しく認識して誤入力を防ぐ仕組みだった。これにより、例えば「W」のキーの場所が押されたと検出した場合でも、「この人はQを押したかったんだな」と分かればQの入力と扱えるため、誤入力と判定されてユーザーがやり直す回数を劇的に減らすことができる。

ソフトウェアキーボードを打つとき、人間は必ずしもキーの中央を打っていない。隣り合うキーを両方押してしまうことも多い(上)。ユーザーがキーのどこに触れたかを検出し(色が付いている部分)、学習することでユーザーの意図を推測し、誤入力を減らす(下)。

ただし、押したキーを学習する仕組みでは、ユーザーのプライバシー保護が課題になる。このため、キー入力の履歴は保存せず、あくまで短時間で学習し、毎回最適化を進めていくようにした。「学習は適時行っており、しばらく経つと忘れるようになっています。製品を家族で使うのに、お父さんにだけカスタマイズされるということでは困りますよね。また、同じ人でも打つ姿勢が変わればキーを押す位置が変わってくるのです。そのため、長期間キーの入力履歴を保存はしません。新しいユーザーが使い始めたと分かると、すぐに学習が行われて使いやすくなるようにしています」(戸田氏)

この結果、プライバシーの課題だけでなく、学習が進みすぎて逆に使いにくくなってしまう「過学習」と呼ばれる問題も防ぐことができるようになった。