緊張でデモを失敗してしまったが……
河野氏と戸田氏はこの革新的なソフトウェア手法をもって、レノボ本社に乗り込み、YOGA BOOKの開発陣に売り込みをかけた。戸田氏はこの時、採用される自信があったという。ソフトウェア手法そのものが革新的だっただけでなく、プレゼンテーションの作戦も考えていたからだ。
「多くの人はオンスクリーンキーボードに慣れ親しんでいないので、どうしても普段使っている物理キーボードと比較して、“引き算”でキーボードを評価します。それだと失敗すると考えたので、まず市販されているオンスクリーンキーボードを触ってもらい、その後で我々が試作したソフトウェア手法で改良したオンスクリーンキーボードを触ってもらうことで、使いやすさを実感してもらうという作戦でした」(戸田氏)
引き算でなく足し算でデモをしよう。準備万端で乗り込んでいった戸田氏だったが、好事魔多し。本社の重役などが居並ぶ前でプレゼンテーションを始めたものの、緊張のあまり何度やってもデモがうまくいかなかったという。「これはもう終わりだ」と思った時に、プレゼンテーションを聞いていた本社の重役が「貸してみろ」といって自分でデモ機を触ってみると、不思議と今度は成功したのだという。
「本社の重役が『これは良いぞ』と言ってくれて、そこからは話がトントン拍子に進んでいったのです。まさに『百聞は一見にしかず』で……。プロトタイプを持って行って、本社のメンバーに実際に触ってもらったことが、結局一番説得力があったしアピールになった。おかげで無事に採用が決まりました」(戸田氏)
物理キーボードに迫る入力精度
その後開発が進み、YOGA BOOK発表の少し前にレノボ社内でタイピング生産性の試験が行われた。アメリカ、ヨーロッパ・中東・アフリカ、中国、日本のレノボ社員あわせて40人がYOGA BOOKのほか数種類のキーボードで文章を入力し、キー入力の速度やエラー率の計測を行ったのだ。「社内で開発に携わったエンジニアは参加するなと言われた試験でした。どこまでいけるか不安だったが、結果を見るとかなり満足できるレベルであることがわかった」(河野氏)
世間で一般的に使われているワイヤレス接続のキーボードや、脱着式のキーボードを備えるノートPCと比較すると、前者比ではほぼ同じ、後者比では約90%の速度で入力できていることが裏付けられたという。
また、一般的なオンスクリーンキーボードとの比較では、入力速度が66%改善され、エラー率は39%低減されているという。つまりオンスクリーンキーボードと比較すると圧倒的に改善され、物理的なキーボードにかなり近づいた入力感を実現できたのだ。
YOGA BOOKは2016年の8月末~9月上旬にドイツのベルリンで行われた展示会「IFA」で大々的に発表され、テクノロジー系のメディアを中心に世界中の大きな話題を呼んだ。日本でもレノボ・ジャパンが9月末に発表し、10月から販売を開始したがすぐに売り切れになってしまうほどの人気を博している。
タッチキーボードは物理キーボードに劣るという“常識”を、大和研究所発の新技術で打ち破ったことにより、YOGA BOOKは新時代のデバイスとして世界中でヒットしている。開発者冥利に尽きるとは、まさにこういうことを言うのではないだろうか。