多くの人がイメージする健康のための運動は、ランニングや水泳、エアロビクスなどの「ややきつい」と感じる中強度の運動(40~50代で心拍数110~130拍/分程度)を30分以上、週に2~3回行うというものではないでしょうか。実際に運動による健康増進を発信している「米国スポーツ医学会」は、その程度の運動を推奨しています。
運動が好きな人はこの程度の運動を、「心地よい」と感じますが、そうでない人は「しんどい」「面倒くさい」と思い、ストレスとなります。ですが、安心してください。中強度の運動は、代謝を高め、ダイエットの目的では非常に効果的ですが、「そのぐらいしないと意味がない」と考えるのは大きな誤解です。
我々の研究で、ヨガ、ストレッチ、太極拳、スローランニング、ウオーキングなどの低強度の運動を、ごく短い時間行うだけで、人は気分がよくなり、脳が十分に活性化されることがわかったのです。
なぜ少しの運動で、人は気分がよくなるのか。それは脳内のホルモン様物質の作用と関係があります。適度な運動は脳を刺激し、脳幹からセロトニン、ドーパミン等の神経伝達物質が分泌され、脳の神経活動を調節します。すると覚醒と睡眠サイクルが調整されます。肝臓から放出され、骨や筋肉の発達に関わるIGF-I(インスリン様成長因子I)は、運動すると脳内に取り込まれ、神経や血管を増やし、神経伝達の効率化に貢献する可能性があります。最近、主に精巣でつくられる男性ホルモンが、軽運動により脳でもつくられ、それが海馬で増加し、神経新生を促すことを動物実験で見いだしました。また、筋肉からも脂肪細胞を刺激して代謝を高めるマイオカインというホルモンが分泌され、その一部は、脳に入って認知機能を高めるということがハーバード大学の研究で発見されました。
これらのホルモン様作用は、連動して行われます。運動をきっかけとして、脳が指令を出し、臓器が互いにコミュニケーションを取りながら、ホルモンの分泌を増やしたり抑制したりして、トータルで身心を快適な状態にしています。これを「臓器円環」と呼び、脳科学の最新トピックとなっています。