英米の判決文は情報の宝庫
「Euromoney」の内容に衝撃を受け、是非このテーマで書いてみようと思い、情報収集を始めた。ここで最も役立ったのは、英米の判決文である。これらもインターネットで簡単に入手できる公開情報だ。エリオット以外にも、ダート・マネジメント、アウレリアス・キャピタル、デビッドソン・ケンプナーなど数多くのハイエナ・ファンドが存在するが、そうしたファンドの一つ、ドネガル・インターナショナルがザンビア政府を搾り取って、投資額の5倍のリターンを上げた事件の詳細は、英国の裁判所の137ページに及ぶ判決文で知った。判決文には、関係者の経歴、誰がいつどこで何を喋り、何をしたか、いつどんな契約が結ばれ、どんな内容だったか、といった事柄が詳細に書かれているので、問題を理解・整理する上で非常に役立つ。エリオットがコンゴ共和国を搾り取った案件についても、やはり英国の47ページの判決文があり、これを繰り返し読んだ。ハイエナ・ファンドの武器は訴訟であり、1件の債権回収案件ごとに世界中で何十もの訴訟や申し立てを機関銃のように乱射する。欧米では訴状、判決文、裁判所の決定文などが公開されているので、これらを利用することで相当な情報を入手することができる。
馬鹿にできないグーグルの検索とアラート機能
私は以前、factivaという世界中の3万以上の新聞や雑誌を過去数十年間に遡って検索できる英語のデータベースを使っていた。しかし、個人契約ができず、費用も年間120万円ぐらいと高かった。これに対し、最近はグーグルの検索機能が向上し、たとえば記事が出た日や期間を特定して検索ができるようになったので、過去20年ぐらいの情報については、これで事足りるようになった。また「アラート」という特定の語を登録しておくと、その語が入っている記事を毎日配信してくれる無料のサービスもある。
アラート機能はアルゼンチンとエリオットの闘いをフォローする上で、非常に役立った。エリオットが傘下のNMLキャピタルを通じてデフォルトしたアルゼンチン国債を買い集めたのは2001年頃からである。ニューヨーク州連邦地裁の勝訴判決を獲って、返済を迫るエリオットに対し、フェルナンデス前大統領は一切の交渉を拒否し、戦いは15年近く膠着状態になり、もう永遠に解決しないのではないかと思われた。
しかし、ハイエナ・ファンドとの訴訟でアルゼンチンは国際金融市場から閉め出されて経済が悪化し、2014年には再びデフォルトに陥った。その結果、昨年11月の大統領選挙で野党候補のマウリシオ・マクリが当選し、ハイエナ・ファンドとの交渉のテーブルにつき、約2か月間の集中的な話し合いの末に、紛争は劇的な解決を見た。この間、私のメールアドレスには、グーグルのアラート機能で毎日いくつものニュースが飛び込んできて、シーソー・ゲームのような交渉をリアルタイムでフォローすることができた。毎日飛び込んでくるニュースを見て、知的興奮を覚えながら執筆を進めるのは、作家冥利に尽きる体験だった。
もちろん今もアラート機能はフルに使っている。現在執筆中や今後執筆する予定の作品に関する情報を毎日自動的に入手している。
私は一つの作品を書くときスーツケース2個分くらいの資料と100冊くらいの本を読むが、最初から最後まで丁寧に読むのは精々2割であり、あとはざっと一通り目を通して、必要なところだけを重点的に読む。
資料にしろ本にしろ、最初から最後まで全部が、自分が必要とする情報であることはまずない。自分にとって必要な箇所を素早く見つけることが大切である。そもそもスーツケース2個分と100冊の本を最初から最後まで読んだら、それだけで1年以上かかる。松本清張さんの対談録や清張さんを知る人のエッセイなどを読んでも、清張さんもそういう資料の読み方をしていたことが分かる。