国民党から民進党へ――今年1月、歴史的な政権交代が起こった台湾。女性総統・蔡英文の舵取りが注目されている。民進党大勝の要因のひとつが、台湾の人々の利益を最優先し、中国には決して妥協しない人物であると有権者の信頼を勝ち得たからだ。

野嶋 剛(のじま・つよし)
1968年生まれ。朝日新聞入社後、シンガポール支局長、政治部、台北支局長、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月からフリーに。『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『ラスト・バタリオン──蒋介石と日本軍人たち』(講談社)など著書多数。

「この20年の台湾社会はいわゆる『台湾アイデンティティ』を重視しています。つまり、自分は台湾人であり、中国人ではないという自己認識が主流になった。だからこそ、台湾人として台湾の利益を代表する『台湾人の総統』が必要とされていたんです」

前任の馬英九総統は、就任当初には絶大な人気を誇ったが、次第に「無能総統」と揶揄されるようになった。戦後大陸から台湾に渡った外省人の家庭出身であり、中華意識が人一倍強かったと見られる馬氏。台湾人から「中国に擦り寄る政治家」と評価されたことは、致命的だった。

ただし、民進党への支持は、イコールで性急な独立論の台頭を意味しない。特に民主化後の台湾で生まれ育った「天然独」と呼ばれる若者からすれば、台湾は事実上独立しているのが当然で、あえて「独立宣言」をする必要はない。

一昨年、議会を占拠して話題になった『ひまわり運動』の目的も単なる「反中」ではなく、政府の手続きの拙速さに対する抗議だった。台湾を傷つけるかどうかという点が彼らの行動原理なのである。

「蔡総統は実務能力が高く理性的で、慎重に自分の考え方を示すタイプ。就任後も、中国からの圧力をかわしながら、大切なところは譲らないタフなネゴシエーターとして政権運営をしています。

ただ、独裁時代に創設された台湾のテレビ局・新聞社は国民党寄りが多い。そのうえ24時間放送の報道チャンネルが何局もあり、ネット利用者も多いメディア社会。バッシングは日本以上に苛烈で、政治家はすぐに釈明が求められます。危機のときに瞬発力や指導力を見せられないと、一気に支持を失いかねない」

戦後日本では中国への配慮のためか、台湾そのものを語ることすら避けられてきたという。しかし近年、観光地としての台湾人気の高まりもあり、地方自治体の首長が次々と訪台するなど、政治的なハードルも下がっている。尖閣問題や南シナ海問題の隠れたステークホルダーでもある。台湾を知ることは社会人に必須の教養といえるだろう。

(原 貴彦=撮影)
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