ところが、その発表予定日の前日、競争相手のCEOが公の場で、今のところ具体的な買収計画はないが、戦略的ポジションを守るために必要とあらば、買収合戦に参加すると発言した。この発言は間違いなく、あなたに向けられた無言の脅しである。

CEOのこの発言でゲームは一変した。彼の会社にとってTOBは今でも高くつくだろうが、公の場での彼の発言を撤回するようなことになれば、もっと高くつくことになる。彼の会社が買収に参加しなければ、この競争相手の株価は、ただ黙ってあなたのTOBを眺めていた場合より、さらに大きく下落するだろう。この会社は、自らの脅しを実行しない場合のコストを増大させることによって、脅しを信憑性のあるものにしたわけだ。これはあなたにとって、結局TOBを取りやめるには十分すぎるインセンティブになるだろう。

(2)相手に見えるように自分の選択肢を制限する

脅しに信憑性を持たせるためには、自分の言葉を絶対に取り消せないようにするのが最善の方法だ。

何百年も昔、新しい土地の海岸にたどり着いたヨーロッパの探検家たちは、その地の先住民と対立した。先住民を服従させるためには、大量の武器と並々ならぬ覚悟が必要だった。戦いに対する兵士たちのコミットメントを高め、先住民に脅しをかけるために、船長のなかには上陸するやいなや自分たちの船を沈没させる者もいた。船がなくなれば残って戦うしか道はなかった。船を沈没させることで、船長たちは先住民に、「死ぬまで戦う」という脅しを本気だと思わせたのだった。

この話が示しているように、自分は脅しから絶対に引き下がらないというシグナルを伝えるには、二つの要素が必要だ。第1に、後戻りできないように自分の選択肢を制限しなければならない。第二に、それを相手にはっきり見えるように行わなければならない。

(3)相手に見えるように投入コストを発生させる

ITサービスを提供しているコンサルティング会社と契約更改交渉を行っているとする。あなたは価格を引き下げさせようとして、年間70万ドルのこの契約を打ち切って社内にIT部門をつくると脅しをかける。だが、その会社との契約を続けるほうが新しい部門を立ち上げるよりはるかに安くつくことを、あなたも相手も知っている。

この脅しが本気であることを示すためには、社内IT部門の設立に向けて最初の一歩を踏み出すことが考えられる。取り消し不可能なコストを発生させることは、相手に、あなたが本気で脅しを実行しようとしているというシグナルを送る。また、それによって相手は、自分の会社がこの取引に本当はいくらの価値を加えているのかを見直さざるをえなくなる。さらに、あなたの投入コストは、最終的に脅しを実行する場合のコストを引き下げる。15万ドル投入したあとは、相手にとって、あなたの脅しが一気に信憑性を帯びてくるからだ。

ただし、あなたの投入コストはインパクトを与えるだけの額でなくてはいけない。また、自分の会社が大きなダメージを受けることがない程度に小額でなければならない。