世界一のクルマづくりに邁進する

開発の責任者である専務の藤原は次のように語っている。

「マツダはこれまで浮沈を繰り返し、苦しい時代を過ごしてきた。そうした苦境に陥るたびにマツダは顧客に支えられた、そのおかげで、今がある。この会場の熱気を目の当たりにして改めてそれを強く感じた。マツダは顧客の皆様に対してそのお返しをし、さらに期待に応えるために努力を続けていくことを改めて約束する。世界一のクルマづくりに邁進する」

経営陣のトークセッション。左から藤原清志専務、前田育男常務、梅下隆一カスタマーサービス本部長。

そして、次のようなことばで30分間のトークセッションを締めくった。

「この席で前田はRX-VISIONのことを語りました。私はすでに貯金を始めています!」

“前田は……語った”と“すでに貯金”の間に、藤原は何のことばも入れてはいない。しかしこのふたつのことばに、どのような関連があるのか、会場の数多くの聴衆は、すぐに理解した。そのことばにとまどうような空気がほんの一瞬流れたあと、大きな拍手が起こったのだ。

ちなみにこの会場にはRX-VISIONのクレイモデルが展示されていた。このRX-VISIONが単なるマツダのデモンストレーションだけに終わる“デザインスタディーモデル”だとは言えないだろう。確かに、ボンネットの低さや長さは、ロータリーエンジンを積むスペースとしてはやや現実から離れているかもしれないが、エアスクープやリアのスポイラーの形状など細部にわたって、生産を前提としたデザイナーの意図が表れているように見える。

この会場に展示されていたマツダの歴史的モデル(市販車)の中で、やはり最も人気の高かったのは、コスモスポーツだった。「ロータリーエンジンのマツダ」を象徴する世界的にも有名なスポーツカーだ。今から49年前の1967年に発売された当時の価格は148万円。同じ年の国家公務員上級職の初任給が2万5200円。5年分の給料全部をつぎ込んで(賞与を除く)やっと買える、という世界で唯一のロータリーエンジンを積んだ、破格のスーパースポーツカーであり、それがゆえに、マツダのブランドアイコンにふさわしい存在になった。

そして今、RX-VISIONをベースに新たなスポーツカーが世の中に出るとすれば、それはコスモスポーツ以来半世紀ぶりの「マツダの象徴」となることは間違いない。経済・経営環境の厳しさからマツダがつくりたくてもつくれなかった“年収の○倍”といったスーパースポーツカー=新たなブランドアイコン=誕生の日は果たしていつか(ちなみに今年の国家公務員の初任給をもとにすると、その年収は賞与を除いて約250万円)。おりしも、4年後の2020年、マツダは創業100周年を迎える。

メーカーの人間が、“自分の欲しい製品をつくる”のはある意味当然の話。しかし、「すでに貯金を始めた」という藤原のことばは、約10年の歳月をかけてスカイアクティブをものにし、国内外の市場にその評価を定着させた自信と、今後の開発に賭ける意欲が表れていた。これは藤原ひとりのものにとどまらず、マツダ経営陣のそれに違いないだろう。

(文中敬称略)

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