誰もが「人間を磨く」という言葉には惹かれる。おそらく人は、誰でも欠点や未熟さを持つからだろう。だが著者は、磨くとは、非のない自分をめざすことではないという。そのままで、周囲と良好な関係を築く技法があると教える。

田坂広志(たさか・ひろし)
1951年生まれ。74年東京大学卒業。81年同大学院修了。工学博士(原子力工学)。90年日本総合研究所の設立に参画。2000年多摩大学大学院教授に就任。同年シンクタンク・ソフィアバンクを設立、代表に就任。08年ダボス会議のGACメンバーに就任。

「そのためには、まず、心の中で、自分の非を認めることです。そして、心が離れた相手には、自分から声をかけ、目を合わせること。そのとき、相手に対して、心の奥で『ありがとう』と唱える。これを行うだけで、こちらの思いは、不思議なほど相手に伝わり、人間関係は好転します」

しかし、人間の心というものは複雑だ。会社の同僚が自分より先に課長に昇進したらどうだろうか……。嫉妬心から「おめでとう」と口に出せず、本心を隠し「俺は出世なんか興味ないよ」とつぶやく自分が顔を出す。田坂氏は、それを「小さなエゴ」と呼ぶ。こうした心の動きは、誰の中にも存在する。けれども、エゴは抑圧しても、なくすことはできない。昇進した同僚が病気で入院したと聞けばひそかに喜ぶエゴが現れる。

「そのときは、エゴを否定せず、ただ静かに見つめることです。それだけで、小さなエゴは静まっていきます。そして、その小さなエゴを大きなエゴへと育てていく。同僚を嫉妬するのではなく、『彼と一緒に世の中に役立つ仕事を成し遂げよう』と考える。それができれば、深く静かな自信が生まれ、本当の謙虚さが身につくでしょう」

つまり、心の置き所が分かれ道になるのだ。大切なのは、心の中のエゴが見えていること。「人間を磨く」とは、小さなエゴで曇った心の鏡を磨くこと。それを続けるならば、人生はときに、素晴らしい贈り物を与えてくれる。

(永井 浩=撮影)
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