ポイントその3「不協和音を起こさず、新しい仕組みづくり」
坂本氏は海外メーカーとのつき合いを通じ、いろいろなことを学んでいます。「事業は伝統技術の部分と、新技術の部分を半々に」というのも、海外の名門メーカーから受けた教訓だといいます。新旧の技術、事業を併せ持てば、時代の変化に対応できる基盤ができていくという意味合いなのですが、坂本さんは少し違った受け止め方もしたようです。
伝統を重んずる世界は、長年培われたある種の決まりごとの上に成り立っています。製造業であれば、資材の調達から製造、販売まで、それぞれの段階で取引先があります。これは近代企業でも同じですが、そのように安定した仕組みのなかに、従来にない新しいものを組み込もうとすると不協和音が起こります。
守旧的な古参従業員は、新規の事業についてこられないでしょうし、その波紋は周辺にも広がります。では、そのような旧来のしがらみは邪魔だからと、すべて断ち切ってしまったらどうなるでしょう。私が知る範囲で、それでうまくいった事例はまず見当たりません。
坂本氏は、古参の従業員には暖簾分けをして独立させました。地場の業者や職人との関係でも、伝統技法でアクセサリー類などの漆製品をつくり続けることで良い関係を保っています。
「伝統を残したいから、新しいことをするんだ」という言葉に、新旧半々のバランスを大切にしながら、自社の事業を変革させてきた坂本氏の気概がうかがえます。
結果からみればイノベーションは、大変革のように映ります。しかし、元をたどれば小さな発見や気づきが、その端緒となっているケースが往々にしてあります。坂本乙造商店の場合も「漆は工業用の材料として使われていた」という坂本氏の気づきがスタート点になっています。
そして「自分の持つ原資や考え方を基軸にして」新しい価値を製品に植えつけるため、分業制から一貫生産への転換など仕組みも含めてつくり変えていった。そこがこの事例から学ぶべきところだと思います。
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