ポイントその3「不協和音を起こさず、新しい仕組みづくり」

酒盃に菊の紋を施す。明治神宮で執り行われる結婚式の「誓盃の儀(三三九度)」で用いられる

坂本氏は海外メーカーとのつき合いを通じ、いろいろなことを学んでいます。「事業は伝統技術の部分と、新技術の部分を半々に」というのも、海外の名門メーカーから受けた教訓だといいます。新旧の技術、事業を併せ持てば、時代の変化に対応できる基盤ができていくという意味合いなのですが、坂本さんは少し違った受け止め方もしたようです。

伝統を重んずる世界は、長年培われたある種の決まりごとの上に成り立っています。製造業であれば、資材の調達から製造、販売まで、それぞれの段階で取引先があります。これは近代企業でも同じですが、そのように安定した仕組みのなかに、従来にない新しいものを組み込もうとすると不協和音が起こります。

守旧的な古参従業員は、新規の事業についてこられないでしょうし、その波紋は周辺にも広がります。では、そのような旧来のしがらみは邪魔だからと、すべて断ち切ってしまったらどうなるでしょう。私が知る範囲で、それでうまくいった事例はまず見当たりません。

坂本氏は、古参の従業員には暖簾分けをして独立させました。地場の業者や職人との関係でも、伝統技法でアクセサリー類などの漆製品をつくり続けることで良い関係を保っています。

「伝統を残したいから、新しいことをするんだ」という言葉に、新旧半々のバランスを大切にしながら、自社の事業を変革させてきた坂本氏の気概がうかがえます。

結果からみればイノベーションは、大変革のように映ります。しかし、元をたどれば小さな発見や気づきが、その端緒となっているケースが往々にしてあります。坂本乙造商店の場合も「漆は工業用の材料として使われていた」という坂本氏の気づきがスタート点になっています。

そして「自分の持つ原資や考え方を基軸にして」新しい価値を製品に植えつけるため、分業制から一貫生産への転換など仕組みも含めてつくり変えていった。そこがこの事例から学ぶべきところだと思います。

【坂本乙造商店】本書所在地:福島県会津若松市大町 従業員数:30人 社長:坂本朝夫、1950年生まれの3代目。上智大学理工学部卒業 沿革:1900年創業、非上場。漆の精製、漆器卸の専業から、工業製品のOEM、装身具、装飾品、かばんなど独自の製品製造へ業態を変更した。2005年経産省「ものづくり日本大賞」受賞。15年6月期は売上高2億円。
編集部より:
「発掘!中小企業の星」は、成長を続ける優良企業を取り上げて、その強さの秘密を各界の識者が解説する、雑誌『PRESIDENT』の連載記事です。現在発売中の『PRESIDENT10.31号』では、新潟県三条市の企業「マルナオ」を紹介しています。PRESIDENTは全国の書店、コンビニなどで購入できます。
また、プレジデントオンラインでは本連載で紹介する、注目の中小企業を募集しています。詳しくは本記事の1ページ目をご覧ください。
(構成=高橋盛男 撮影=永井浩)
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