ポイントその2「日本固有の固定観念を捨てる」

工業製品化の成功は、海外からさらなるクライアントを呼び寄せます。1980年前後、ヨーロッパの名門メーカーが「漆加工を教えてほしい」と坂本氏を訪ねてきました。

坂本さんによれば、高品質で安価な日本製品のあおりを受けた装身具や食器などの名門メーカーが「製品のブランド力を上げる技術として、漆加工に着目した」のだそうです。

一方同じ頃、坂本さんはパートナー企業を求めて国内のメーカーを回っていました。しかし、製品への漆の活用など、どこも取り合ってくれなかったといいます。

興味深いのが、器の芯となる木地に段ボールを用いた塗り皿のエピソードです。国内では段ボールが素材と聞くだけで敬遠されました。しかし、海外では高く評価され、89年のフランクフルトメッセでデザインプラス賞を受賞しました。また、この塗り皿は、ニューヨーク近代美術館(MOMA)のパーマネントコレクションにも選ばれています。

この対照的な反応には、塗り物に対する固定観念を持つ日本人と、それを持たない欧米人の違いが、当然あるでしょう。しかしそればかりではなく、海外で高い評価を受けた背景には、長い歳月をかけて培われてきた漆器工芸の確固たる技術力があると私は思います。

工芸品も工業製品も、日本のものは緻密で美しいことで定評があります。海外の方から「日本製品は、なぜ見えないところにまで細かく気が配られているのか」とよく尋ねられます。整合性や緻密さを美とする日本人のものづくり意識は、世界的に稀有な感性のようにも思えます。

坂本乙造商店では、海外クライアントの要望通りに微細な塗色の調合もしているそうです。「伝統」には、ある意味「規範」のような拘束性があります。しかし、そこから少し目を転じて、相手方の嗜好に合い、しかも斬新な魅力も備えたものづくりを突き詰めていけば、日本の工芸品や工業製品は、もっとグローバルワイドに受け入れられていくのではないか。同社の事例から、それを予感させられます。