八王子で学習塾を開いた理由
【田原】帰国後は、東京都八王子市で学習塾を開きますね。シンギュラリティについて語るのと学習塾は、何か関係があるのですか。
【神野】子どもたちに未来が変わるということを伝えたかったのですが、街角で僕が演説したところで誰も聞いてくれません。では、どうすれば未来の話に耳を傾けてもらえるのか。そう考えたときに思い浮かんだのが、塾の先生でした。先生という立場なら、保護者や生徒も一応話を聞いてくれるのではないかと。
【田原】なるほど。ただ、塾に人を集めるのだって簡単じゃないですよね。どうやって生徒を集めたのですか。
【神野】八王子にある石川中学校に通っている生徒専門の学習塾を開きました。塾では、石川中学の先生一人一人の出題傾向はもちろん、体育祭や合唱コンクールでどのように振る舞えばいい成績に結びつくのかといったことも分析しました。それが評判になって生徒は集まってきました。
【田原】じゃあ、神野さんの話も聞いてもらえた?
【神野】いや、それが難しくて。学習塾ですから、やはり成績が伸びないと子どもたちが辞めてしまう。結局、成績対応に時間をとられて、未来の話をする時間がつくれませんでした。
【田原】それじゃ何のために学習塾を開いたのかわからない。
【神野】はい。本来の目的を実現するには、子どもたちの成績を上げ、なおかつそれを短時間で行い、未来のことを伝える時間を確保する必要がありました。ただ、それはけっして不可能じゃないんです。僕らの塾で調べたところ、1人の先生が30人の生徒に教える集団指導の場合、50分の授業のうち意味のある時間は5分しかないことがわかりました。残りの45分は、すでに自分が知っている話を聞いているか、逆にまったくわからない話をされていて授業についていけないのです。この時間を適正化して50分すべてをその生徒にとって意味のある時間にできたら、学習効率が10倍になって時間の余裕ができるはず。そう考えて、人工知能型教材「キュビナ」の開発に取り掛かりました。
AIを使った教材「キュビナ」
【田原】キュビナについて説明してください。人工知能を使った教材って、どういうことですか。
【神野】子どもたちにタブレットを配り、問題を解いてもらいます。間違えたとき、どこで躓いたのかは一人一人違います。たとえば方程式の問題で誤答したのは、分配法則がわからなかったせいかもしれないし、移項がうまくできなかったせいかもしれません。その原因を人工知能が解析して、その生徒がわかっていない箇所に関連する問題をピンポイントで出してあげるのです。それを繰り返すうちに弱点を克服できます。
【田原】それは人工知能でないとできないのですか。
【神野】いえ、スキルを持った先生が生徒と一対一で指導すればできます。しかし、現実に行われているのは集団指導で、先生は生徒一人一人がどこでつまずいているのかを把握できていない。それで、先ほど言ったようなムダな時間が生まれていたわけです。
【田原】なるほど。おもしろいですね。
【神野】実はこの教材を開発する前から、プリント型学習をやっていました。生徒にプリントをやってもらい、間違えた箇所によって次に渡すプリントを変えるのです。このやり方で学習効果があがっていたので、あとはそれをIT化して人工知能にやらせればよかった。教育とテクノロジーの両方を理解していれば、必ずしも難しいイノベーションではなかったと思います。