SFC入学、ポーカーで世界19位に
【田原】大学は慶応の湘南藤沢キャンパス。ここではポーカーと出合ったそうですね。どういうことですか。
【神野】湘南藤沢キャンパスに行って、ものすごく救われました。まわりも変人ばかりなので、自分が変人っぷりを爆発させても目立たないんです(笑)。ならば好きなことをしてみようといろいろ探していたときに出合ったのがポーカーでした。ポーカーは心理戦で、自分のためにあるゲームという気がしたんです。どうせやるなら世界チャンピオンを目指そうと考えて、10カ月後には世界大会に出場しました。
【田原】世界大会? 何人くらい出場するのですか
【神野】1040人です。10人1テーブルで、104テーブル立ちます。チップがなくなった人が抜けていき、10人抜けるとテーブルが1つ減るルールです。優勝が決まるまで1週間くらいかかります。僕は最後の2テーブルまで残って、19位でした。日本からは10~20人が参加していましたが、その中ではトップです。
【田原】世界で19位はすごい。それが仕事にもつながったと聞きましたが、どういうことですか。
【神野】日本ポーカープレイヤーズ協会の会長から、日本でポーカーを流行らせるビジネスを一緒にやろうと誘われました。それで株式会社をつくったのですが、日本でポーカーというと、どうしても闇の世界の人たちが寄ってくる。結局、オーナーがそういう人たちとギャンブルをして負けてしまったようで、1年後には借金のかたとして会社を奪われてしまいました。
【田原】その後はどうしましたか。
【神野】僕はもともと世界平和や人の正しい生き方を追求したかったんです。そのチャレンジをしようと考えたときに浮かんできたのがシリコンバレーでした。テクロノジーは、人の生き方や生活を大きく左右します。当時、自分で電子出版の会社もやっていたほどテクノロジーに興味があり、どうせなら本場のシリコンバレーで勝負してみたかった。それで2010年に向こうに渡りました。
シリコンバレーで「感情の差異」の解析に取り組む
【田原】シリコンバレーでは何をしていたのですか。
【神野】起業して、Webカメラでユーザーの表情を認識し、感情を計測するエンジンを開発しました。計測した感情はWeb上のコンテンツに貼り付けます。たとえばYouTube上のある動画を見たときに僕が3分45秒のところで笑ったら、その情報が残ります。すると、同じところで笑っているのは誰かとか、笑いのツボが同じ人はほかにどんなコンテンツを見ているのかということがわかったりする。そんなサービスをつくっていました。
【田原】おもしろいけど、世界平和と関係あるのかな。
【神野】僕がやりたかったのは、感情の差異を解析すること。たとえばアメリカのタクシーに日本人旅行客が乗って、運転手から「俺は日本語知ってる。ヒロシマ、イェーイ」と話しかけられたとします。日本人としてはイラッとしますけど、運転手に悪気はなく、むしろフレンドリー。このように同じ事柄なのに感情の差異があり、コミュニケーションがうまくいかないことが世界にはごろごろしていて、それが、諍いの元にもなっている。これをシステム的に解析して、コミュニケーションの補助をしてあげたら、みんなもっと仲良くなれるかなと。
【田原】なるほど。でも、それは商売になりますかね。
【神野】おっしゃる通りで、そのままではビジネスになりません。だから自分が笑えたり感動できるコンテンツをレコメンドするという方向で展開したのですが、結局、それもうまくいきませんでした。
「シンギュラリティ」とは、人工知能が人工知能を作ること
【田原】シリコンバレーでのビジネスはうまくいかなかったけど、向こうで“シンギュラリティ”を知ったことが大きな契機になったそうですね。シンギュラリティって何ですか。説明してください。
【神野】シンギュラリティは、人工知能が自分で人工知能を作ることを言います。2045年にはシンギュラリティがやってきて、現存する職業の99%は人工知能がやるようになると予測されています。
【田原】シンギュラリティを神野さんはどう受け止めましたか。未来に悲観的になったのか、それともおもしろいと感じたのか。
【神野】うーん。ついに人々に対して生き方を語る時が来たと思いました。人がどう生きるべきなのか、僕の中でまだ答えは見つかっていません。また、45年に僕はもう60歳になっていて、すでにリタイアしているかもしれない。しかし、いまの子どもたちは違います。働き盛りのときに、シンギュラリティがきて現存する仕事のほとんどが消えるのです。ですから、いまの子どもたちはシンギュラリティについてよく知っておかなくてはいけないし、その時代を生き抜く力について考えてもらわないといけない。それを語るべきときがいよいよやってきたんだなと。
【田原】いま実用化されつつあるディープラーニングの技術も、少し前は「あと10年かかる」と言われていました。それを考えると、シンギュラリティがやってくるのも、もっと早いかもしれない。
【神野】だとしたら、もっと早く子どもたちに語らなくてはいけません。どちらにしても、待ったなし。そう考えて日本に帰国しました。