「主観」を楽しむ

若新雄純(わかしん・ゆうじゅん)
人材・組織コンサルタント/慶應義塾大学特任講師
福井県若狭町生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程(政策・メディア)修了。専門は産業・組織心理学とコミュニケーション論。全員がニートで取締役の「NEET株式会社」や女子高生が自治体改革を担う「鯖江市役所JK課」、週休4日で月収15万円の「ゆるい就職」など、新しい働き方や組織づくりを模索・提案する実験的プロジェクトを多数企画・実施し、さまざまな企業の人材・組織開発コンサルティングなども行う。
若新ワールド
http://wakashin.com/

栗原の高校生たちには、一人ひとりそれぞれに短時間でたくさんのアイディアを出してもらいました。そして、それがすべておもしろかったわけではありません。ありきたりなものも、くだらないものもたくさんありました。でも、それは僕たちの「主観の世界」にとってはごく当然のことだと思います。

僕たちは日々、まさに無数の「主観」とともに生きています。言ってみれば、僕たちの人生は「主観だらけ」なのです。けれども、誰かに何かを尋ねられたり、何かの選択を迫られたりすると、とっさに客観的な基準や正解が何であるかと模索してしまいます。もちろん、それが有効なこともたくさんあると思いますが、近年多くの人が飢えているらしい「おもしろさ」や「やりがい」、「充実感」といったあいまいなものは、結局自分自身でしか判断はできず、主観に頼るしかないのだと思います。

「主観に頼る」と言っても、やっぱり主観はいい加減です。ほとんどは自分の思い込みだし、都合よく解釈を変えたりするし、どうでもいいことで溢れています。言ってみれば、そのほとんどはクズのようなものです。だから、それを隠したり不安に思ったりするのもしかたがないのですが、そんなクズの中にこそ、自分にとって重要な感覚や、自分なりのものの見方、そして新しい発見や提案につながるような独自の基準が紛れ込んでいるんだと思います。

でも、それだけをクズの中から上手に抜き出すというのは都合のいい話であって、それを意識すると、結局ずっと主観にはフタをしたままになってしまいます。「主観」という無数のクズの中にこそ、一つくらい自分基準のいいものがある。だから、普段からクズを放出して楽しむ必要があるんだと思います。

ほとんどクズだけど、たまに「おもしろいこと」や「いいこと」を言う。今の社会を生きる僕たちの人生に、それくらいの余裕はあっていいと思います。

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