放送のデジタル化により情報量が増えるメリットも当初盛んに喧伝されたが、これも完全な見込み違いとなる。
たとえば料理番組を見ていてつくりたい料理のレシピがすぐに取り出せるのは、インターネットの世界では常識レベル。ドラマに出てきた女優の衣装について知りたければ、ボタンを押せばメーカーやショップなどの具体的なファッション情報が出てきて、それがeコマースにつながる―。こんな話も、結局は混乱を引き起こしただけで終わる。すでに商品を取り扱っていないにもかかわらず、再放送を見た視聴者からショップに問い合わせが殺到したからだ。
こうした情報のアップデートは、非常に手間隙がかかる。番組制作を請け負ったプロダクションとしても、再放送時のアップデートまではとても手が回らない。かといって時代遅れの情報を載せたままでは再放送できず、結局はデジタルの裏側にあるメタ情報が使えない状況に陥っている。やれマルチメディアだ、インタラクティブだと騒いでいたデジタル化のメリットは死に体も同然なのだ。
デジタル化は放送局の死を意味すると私は言い続けてきたが、今やテレビで放映された面白映像はすぐさま投稿動画配信サイト「You Tube」や「ニコニコ動画」にアップされる。つまりデジタル化によって、誰もがインターネットを通じてパソコンで無料視聴できる時代になっているのだ。
受信料で成り立っているNHKで考えるとわかりやすい。You Tubeで検索すると「シルクロード」などNHKの人気番組もたくさん出てくる。海外在住の日本人が年末の紅白歌合戦を楽しむ場合にも、今までは日本にいる家族に録画してもらってFedEx(アメリカの国際宅配便会社)で送ってもらうパターンが多かったが、今はYou Tubeにアップされた15分遅れの映像を見ている。
NHKとしては、地デジ完全移行を機に受信実態を把握して視聴料の徴収率アップを狙いたいところだろう。
しかし、インターネット放送の視聴者から徴収するのは難しい。極端な話、日本で誰か一人が視聴料を払って、その人が番組をサーバーに蓄えて「P2 P」(ネットワークを通じて不特定多数のコンピュータ同士が相互にデータのやり取りを行う利用形態およびソフトウエアのこと)で全国に無料配信したらどうなるのか。国内なら違法性も問えようが、たとえばパラオや国交のない北朝鮮にサーバーが置かれたら?
そうなれば、NHKのビジネスモデルは一瞬にして蒸発する。生き残るにはアンバンドル(番組をバラしてジャンル別に課金する)の道を選ぶしかない。つまり大相撲、ドラマ、ニュースのようなジャンル別にして、視聴者の好みに合わせてコンテンツごとに細かく課金するシステムだ。
今のNHK受信料は、誰も箸を付けないオカズばかりが入っている幕の内弁当のようなもので、オカズ一つ一つを月額100円とか200円で売ることになる。NHKにバラ売りに耐えられるだけのコンテンツをつくる能力があるかどうかは大いに疑問だが、そういうビジネスモデルに切り替えられなければ、日本全国で視聴者一人、という悪夢が待っているだけ。自分の死期を早めるだけの地デジをNHKがなぜ推進するのか、その理由がわからない。