そこで勘兵衛は、防護柵の外に住んでいる農民に家屋を捨てさせ、村の中心部で寝起きするよう強制する。いまここで立ち上がらないと、すべてを失うという危機感をあおりながら、団結心を芽生えさせたのだ。その一方で、菊千代がおどけてみせて子どもたちの歓心を買うなどして、徐々に農民たちの警戒心を解く。会社組織でも同じで、風土・文化を変革するのは一筋縄ではいかず、臨機応変な対応が重要だ。

それ以外には「人材以外の経営資源」も考えられるだろう。「1本の刀じゃ5人と斬れねえ」といって、菊千代が何本もの刀を林立させる有名なシーンがあるが、落ち武者狩りをして隠し持っていた刀を活用したものであった。

これら4つの特性は何もバラバラに機能していたわけではなく、勘兵衛のリーダーシップの下、お互い密接に絡み合いながらミッション・戦略の達成に向けて機能していったのだ。その勘兵衛のリーダーシップについて検証を試みたものが設問[7]である。

リーダーシップの源は「強制的・関係的・専門的・情報的・地位的・好感的・報酬的・実績的」という8つのパワーで構成される対人影響力だ。武道の世界では「力がなければ技はかけられない」というが、そうしたパワーを涵養しておかないと、「何かしてほしい」と思ったときにリーダーシップという技を駆使できない。しかし、すべてを満遍なく備えている人は稀である。

では、勘兵衛はどうだったのだろう。五郎兵衛の「あなたのその人柄に惹かれた」という言葉からは好感的パワーの強さが窺える。知略を駆使して最適な戦法を立てる専門的パワーはもちろん、野武士の来襲で逃げまどう農民を「待て」と一喝で制してしまう強制的パワーにも富んでいた。手柄のあった者には「よくやった」と声をかけており、報酬的パワーも強かった。

しかし、負け戦ばかりして浪人に身を落としているだけに、実績的パワーや地位的パワー、そして強力な後ろ盾を持っているなどの関係的パワーには乏しい。また、ささいな情報ももらさずに状況分析に役立てていく情報的パワーも意外と弱かった。名将のように思える勘兵衛にも欠点があったのだ。

ここで、野武士の砦を奇襲した際に平八が命を落とし、最後の決戦の場で菊千代と久蔵が撃たれた原因に行き着いたのだが、皆さんはお気づきだろうか。

(伊藤博之=構成)