たとえば、村の前の田んぼは、土を掘って水を張れば、立派な濠になる。さすがに騎馬集団も足止めせざるをえない。野武士が深みにはまれば、弓で射るチャンスも生まれる。籠城作戦の方針にも合致している。そうして勘兵衛が立てた戦略が、「村の中心部に防御柵をめぐらせ、田には水を張る。1個所だけ防御を緩くして敵を誘導し、1対多で1人ずつ撃滅する」であった。
しかし、勘兵衛1人でその戦略を実行できるわけではない。現場指揮官たる「人材=侍」が必要だ。総指揮官である勘兵衛自身のほかに、村の東西南北を固めるために1人ずつ、副将と後詰めを兼ねて1人、伝令に1人、最低でもあと6人はほしい。しかし、問題はここから。巷にあぶれた侍のなかから、優秀な人材を選ぶ必要がある。
そこで勘兵衛の判断基準を設問[5]で考えたわけだ。ヒントは、戸口の陰で薪を振りかざして待ち構える勝四郎(木村功)の殺気を感じ、「ご冗談を」と笑いながら制した五郎兵衛(稲葉義男)のシーン。絶えず警戒を怠らない一方で、平常心を維持し続ける。つまり、「戦いに対する基本ができている」「懐の深い人物」が基準だったのだ。
たとえ立派な戦略を立てても、それを運用できなければ意味がない。そのポイントは、自分たちの組織がどのような分野の特性で構築されているかを理解し、おのおのの分野で適切な施策を考えていくことだ。これを考えてもらったのが設問[6]の(1)と(2)である。実際の研修では(1)の答えとして、いきなりリーダーシップやコミュニケーションをあげる人がいる。確かにこれらはマネジメントの機能で大切だが、もっと包括的な視点で組織を捉えたい。
1つ目は「構造・制度」。メンバーの構成と役割分担だ。本部でリーダーの勘兵衛が五郎兵衛と一緒に指揮をとり、その指示を伝令役の勝四郎に与える。残った久蔵(宮口精二)、平八(千秋実)、菊千代(三船敏郎)、七郎次の4人が、それぞれ農民10人前後からなる戦闘隊を率いて、戦略通りに防御線を緩くした口へ野武士を誘い込む。でも、そこに手抜かりはなかったか……。
次に「人材」をあげた人は多いはず。侍の能力をフルに活かすために、自分が率いる農民の指揮と野武士撃滅に集中させていた。また、それまで鋤や鍬しか持ったことのない農民に竹槍を持たせて、集団戦法の速成訓練を行い、貴重な戦力として育て上げた。いずれもミッション・戦略の達成に向けた人材活用・人材育成である。
しかし、ここで「文化・風土」という壁が立ちはだかる。農民は侍に対する警戒心をなかなか解こうとしない。長年虐げられて“野武士恐怖症”も蔓延している。また、農民同士でも助け合うのは隣組までで、村全体での団結心にも欠けている。こうした文化・風土を打破しない限り、方針で定めた「侍と農民の連合体」は到底実現しない。